旧楠本家住宅は、幕末から明治にかけて活躍した大村出身の行政官・政治家である楠本正隆によって、明治3年(1870)に建てられ、正隆の上京後は、弟の家系に引き継がれた。近世の大村氏の居城である玖島城の城下武家屋敷街の一角に位置し、敷地中央部の主屋と、渡り廊下で結ばれた別棟の離れの2棟から成る。主屋は、木造平屋建(一部二階付き)、寄棟造、桟瓦葺で、北側の正面に式台及び玄関を構え、主室となる15帖の座敷のほか、接客用の畳敷きの間が4室並ぶ。これらとは分断されるかたちで、離れへと導かれる廊下を介し、勝手口の土間、物置、台所、囲炉裏の切られた部屋などが配置されている。離れは、木造平屋建、寄棟造、桟瓦葺で、床の間がある座敷と違い棚がつく部屋が続き、裏手にもう1室と便所、浴室が設けられている。主屋と離れの両建物の南側には敷地いっぱいに池泉式の庭園を構える配置としている。
旧楠本家住宅は、大村藩における武家屋敷の流れをくむ近代和風住宅である。規模の大きさ、造形意匠的に優れていること、庭園を含めた屋敷全体の様子がよく残されている。
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