「波佐見中尾皿山と鬼木棚田の文化的景観」は、波佐見町東部南端で隣り合う窯業集落である中尾郷と、農業集落である鬼木郷から成る。
国内の磁器生産は近世初頭に肥前で始まり、皿山と呼ばれる窯業専業集落が、磁器の原料となる陶石と、薪を生む山林を背景に、陶石を唐臼(からうす)で砕くための川と、登り窯に適した斜面を持つ谷に開かれた。近世初頭に集落が開かれた中尾皿山では、18世紀には巨大な登り窯で安価な磁器を大量生産し、国内に普及させた。近代以降は技術の進展等に伴い、窯や職住一体の住まいを変遷させつつ窯業を発展させてきた。
鬼木郷は、山中の緩傾斜地にあり、中世末期に人が居住し、近世初期には水田耕作がなされ、近世後半以降には中尾皿山の発展に合わせて棚田を広げたとされる。棚田は3本の河川が流れ、田越し灌漑等の伝統的な水利の仕組みや石積みを集落全体としてよく残す。
中尾皿山は近代には都市的な様相を呈し、鬼木郷から中尾郷へ峠を越えて米や農作物・薪炭・梱包材となる藁製品の販売や下肥の購入、高度経済成長期には農閑期に窯業の手伝い等も行われた。
当該文化的景観は、肥前において磁器生産及び窯元をはじめとした住まいの変遷と、伝統的な水利の仕組みを持つ棚田と農家の住まいの在り方を、集落全体として伝えることに加え、両集落が窯業と農業を主産業とする地域の発展のあり方を伝え、貴重である。