生月勇魚捕唄は、1番から7番までの唄と「大漁唄」、「尺八節」、「つもりわけ唄」、「さかな唄」、「羽(は)指(ざし)踊り唄」などで構成される。締め太鼓を撥(ばち)高く振り上げて早いテンポで連打し、これにあわせて大声で歌うのが特徴である。正月の「初打ち」や奉納相撲の土俵祓いの他、個人の婚礼や家建て等の祝事において披露されている。
その由来は、江戸時代に日本最大の鯨組・益冨(ますとみ)家の本拠地として栄えた壱部浦の羽指(はざし)踊りで、冬から春までの捕鯨漁期間の組出し(操業開始)や正月、組上がり(操業終了)に、締め太鼓と唄に合わせて踊ったものである。その様子は天保三年(1832)の捕鯨絵巻『勇魚取絵詞』に描かれている。
生月島で捕鯨が終わった明治30年代以降も、壱部浦の人達に歌い継がれ、昭和40年(1965)に保存会が設立された。
古式捕鯨業の文化的要素を示すものであり、すでに県史跡に指定されている益富家住宅などと共に、生月島における捕鯨文化を伝える貴重な文化遺産である。