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天祐寺の木造如意輪観音坐像

慶派の仏師の手によるものと考えられる鎌倉時代の優れた彫刻作品
天祐寺の木造如意輪観音坐像
有形文化財(県指定) 
よみがなてんゆうじのもくぞうにょいりんかんのんざぞう
指定年月日令和6(2024)年3月14日
所在地諫早市西小路町1116
所有者宗教法人 天祐寺
年代鎌倉時代
アクセスJR諫早駅から島原鉄道(各停島原外港行)乗車約5分、本諫早駅下車徒歩約10分。
電話番号0957-22-0132

 本像は、諫早市に所在する天祐寺の本堂に安置されている。
 頭上に高く垂髻(すいけい)(※1)を結い上げ、六臂(ろっぴ)(六本の腕をもつ)で右膝を立てる坐像で、像の高さは53.5㎝である。ヒノキとみられる針葉樹材を用いた寄木造(※2)で、目は玉眼(ぎょくがん)(※3)とする。像全体を赤黒く彩色し、着衣部の一部には截金(きりかね)(※4)模様が残っている。このような彩色は、白檀の一種である赤栴檀(しゃくせんだん)を用いた檀像(だんぞう)(※5)を意識したものである。
 持物および指先や着衣部の一部は後補であるが、像本体は全体の表現や上げ底式で像内を密閉する構造から、13世紀前半の慶派(※6)の仏師の手になるものと考えられる当該時期の美作である。
 鎌倉時代以降に、本像のような檀像風の截金が施された像が作られるようになるが、本像はその中でも古い作例であり、この時代の彫刻を考えるうえでも重要な鍵となる作品である。
 また、天祐寺には本像に先立って令和2年度に県指定有形文化財となった「天祐寺の木造四面菩薩坐像」(宝永2年〈1705年〉に造像)が所在するが、截金を施した檀像風の仕上げや立膝の姿勢が共通することから、本像から影響を受けた可能性が指摘できる。中世以降、本像が地域で尊崇されていたことが推測され、このことは諫早市を中心とする県央地域での信仰の在り方や造像の様相を考えるうえでも重要な意義を持つ。
 鎌倉時代の優れた彫刻作品であることに加えて、中世以降の長崎県域について考える資料となり得る貴重な作品である。

(※1)垂髻:頭頂部で髪を束ねて、毛束を垂らした髪型。
(※2)寄木造:仏像などの頭部や体躯などの主要部を、二材以上の材を継ぎ合わせて造る木彫の技法。
(※3)玉眼:眼の部分に穴をあけ、その内側から裏に瞳を描いた水晶板をあてる技法。
(※4)載金:金箔や銀箔を焼き合わせて細い線状に切り、それを貼り付けて文様を表現する技法。
(※5)檀像:狭義には白檀によって造られた像。広義には白檀に代わって栢木(はくぼく)で造られた像。日本では奈良時代以降に榧(かや)の木で造像されるようになった。
(※6)慶派:平安時代後期から江戸時代にかけて活躍した仏師の一派。鎌倉時代には運慶・快慶が知られる。

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