国指定重要文化財である「青方文書(三百八十五通)」は、青方氏に伝来した、建久7(1196)年のものを最古とする鎌倉時代から江戸時代に至る385通の文書からなる。
旧蔵館である県立長崎図書館が、青方氏に伝来した中世から近世に至る文書1,229点を一括して「青方文庫」として整理し、そのうち、県指定有形文化財となっていた中世を中心とした文書(一部近世文書を含む)が国の重要文化財として指定された。
青方氏は平安時代以来の800年間、肥前国宇野(うのの)御厨(みくりや)浦部(うらべ)島青方(現・新上五島町青方)に居住し、鎌倉時代には鎌倉御家人(※1)となり、南北朝時代以降には松浦党(まつらとう)(※2)と呼ばれる武士の集団の一員として活動した。近世には五島藩の家臣となり、幕末には五島藩の家老職を勤めた。
鎌倉時代の所領をめぐる訴訟文書、異国警固番役(けいごばんやく)(※3)の勤務記録、中国大陸への輸出品目の注文、南北朝から室町時代の国人(こくじん)一揆(※4)の契状(誓約書)のほか、漁業などの生業に関わる文書など、多岐にわたる内容の文書が含まれる。
本文書は、豊富な内容を持つ鎌倉時代以降の多数の文書がまとまって伝来した貴重な例であり、当時の様相を明らかにするうえで重要な史料群である。
(※1)鎌倉御家人:鎌倉時代に将軍と主従関係を結んだ武士。
(※2)松浦党:平安時代末期以降、肥前国松浦郡に割拠した武士の集団に対する呼称。
(※3)異国警固番役:鎌倉時代後期に蒙古襲来に備え、筑前国(現・福岡県)や長門国(現・山口県)などの要害を交代で警備した役。青方氏もこの役を勤めた。
(※4)国人一揆:在地領主(現地に住み、領地を支配した領主)層の地域的な結集。