田植は水稲農耕の重要な段階にあたるもので、全国に残るその習俗には、儀礼面でも技術面でも注目すべき展開と変遷のあとを示している。例えば、共同作業の規模や組織、それに伴う神事芸能からは古い信仰様式や農耕技術をしのぶことができる。 これらの習俗は次第に失われていく傾向にあるので、代表的なものを記録するために、昭和30(1955)年に岩手・茨城・富山・岐阜・島根・広島・高知・鹿児島とともに長崎県の田植えに関する習俗が選択された。