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益冨家恵比須社霊殿

益冨家恵比須社霊殿
有形文化財(県指定)
よみがなますとみけえびすしゃれいでん
指定年月日平成28(2016)年2月18日
所在地平戸市生月町
所有者個人

 益冨家恵比須社霊殿は、平戸市生月町に所在する県指定史跡「鯨組主益冨家居宅跡」内に建つ古建築の一棟である。益冨家居宅跡は、享保10(1725)年から明治7(1874)年まで生月島、壱岐、五島灘などで捕鯨業を営んだ鯨組主・益冨又左衛門の居宅跡であるが、益冨家恵比須社霊殿は益冨家の屋敷神として文政8(1825)年に建設された。
 本殿の形式は一間社流造(いっけんしゃながれづくり)で、間口1間、奥行1間の身舎(もや)で総けやき造、屋根は銅板葺き、正面と側面の三方に腰組で支えられた高欄付の切目縁を廻らせ、正面には登り高欄付の木階段6段を据えている。
 身舎は、組物は二手先、中備は蟇股(かえるまた)に上を向いた魚、両側面の蟇股に龍、背面は蛸で、いずれも彫りが精巧である。
 向拝は奥行5尺、身舎の間に海老虹梁で繋ぐ。組物は出組、木鼻は獏である。身舎の彫物は海や漁にちなむもので、虹梁に絡みつく龍や背面の蛸は、航海の神、水の神を重視する鯨組にふさわしいモチーフである。
 この本殿は和様の軸組を基本としながら、柱上の組物や腰組においては禅宗様の細部様式をふんだんに取り入れ、折衷様式であるが全体的に形姿はよく引き締まり、細部の造形も極めて精巧で、大変優れた造形を示す貴重な社殿遺構である。
 神社一般の本殿に比べるとやや小振りだが、それでも邸内社としては最大級の部類に属するといえる。また、建造年代が明確であり、かつ覆屋で被われているため当初材がよく残り、保存状況も良好である。

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