送信機と受信機の二台からなる指字式電信機である。各収納箱墨書銘に「ヱーセルテレカラフ(=指字式電信機)」「元治元年甲子八月」「中村考」と記されている。中村は、佐賀藩における西洋科学技術の研究、開発、生産を担い、安政年間(1854年~1860年)における電信機の製作実績が知られている精煉方に属していた中村奇輔と考えられる。
本電信機は、送信機の文字盤を回転させることにより、受信機の指字針を回転させて文字を伝えることができる。本電信機を実用するときに必要な電池、電線は失われているが、保存状況は良好で、形状や駆動装置の配置などに創意工夫のあとが見られるほか、真鍮および鉄製の各部品から加工技術の高さが窺える。また、木製の台座、脚等には装飾がある。
本電信機は、蘭学の知識を基礎に我が国で改良、製作された指字式電信機で、幕末期の国産電信機として伝存する唯一の事例であり、我が国における西洋科学技術の受容の在り方を示しているため、学術的価値が高い。