佐賀貝塚は、対馬島中部の峰町佐賀に所在する、縄文時代中期から後期の遺物を中心とする遺跡である。この地は対馬市東岸の中央からやや北側に位置し、深く湾入した佐賀浦の奥にある、標高約3mの海沿いの南向きの平地である。
遺跡は昭和28(1953)年に発見され、昭和60(1885)年には遊技場建設に伴い峰町教育委員会(現在、対馬市教育委員会)により約400㎡の範囲で発掘調査が実施され、その北側より約3分の1の範囲で貝層が検出された。
この貝層は、縄文時代中期と後期の二つの時期に形成され、竪穴や屋内炉、住居跡が考えられる柱穴群などの遺構が検出されている。
佐賀貝塚出土品は、縄文時代の対馬における貝塚出土資料及び石斧の集中的な製作遺跡として、極めて充実した内容をもつ。また、西九州を基盤としながら、朝鮮半島南部などの遠隔地との漁労・狩猟技法の技術的交流、また製品の交易の実態を示す島嶼地域の貴重な出土品として、その内容は極めて学術的な価値が高い。