厳原町の阿連(あれ)・久根浜(くねはま)・内院(ないいん)・久和(くわ)・内山(うちやま)・曲(まがり)の各集落で伝承されている祖先供養の盆踊で、その起源は少なくとも近世期に遡ると考えられる。厳原町の盆踊は、全国的に広くみられる集団による輪舞形式のものとは異なり、各集落の特定少人数の男性が初盆の家や集落内の定められた何ヶ所かで隊列を組んで踊るという形式で伝承されている。演目には風流(ふりゅう)系の踊、踊口説(おどりくどき)による手踊(ておどり)、近世の歌舞伎の影響による娯楽的な踊など多様なものがあり、近世期の盆踊の姿を重層的に示すものとして貴重である。また、踊り手は、10代から20代の青年達で、かつては各集落の本戸の長男のみに限られるという厳しい制限があり、現在も長男に限定する集落があるなど、その名残が見られる。芸能の変遷の過程を示すものとして重要であり、また地域的特色も顕著である。
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