はじめは的山(あづち)の須古踊が指定されていたが、昭和48(1973)年9月4日付けで東神浦、西神浦、西宇戸の須古踊も追加指定され名称も須古踊から「大島の須古踊」に変更された。この踊は佐賀県須古村から伝承されたもので、須古城落城後大島村に逃れた家臣達が霊を慰める鎮魂の念仏踊とされている。盆の時期に墓所、神社仏閣、個人宅等で奉納され、8月15日には役場前の広場で各地区の須古踊がジャンガラ、棒術などとともに競演され壮観である。須古踊の歌詞は艶っぽく、室町時代の音曲を感じさせ、県内でも少ない中世芸能の残存を見ることができる。
なお、この文化財は、昭和48(1973)年9月4日に県指定無形文化財に指定されていたが、昭和52(1977)年1月11日に指定解除、同日、県指定無形民俗文化財に指定されている。
また、昭和49(1974)年12月4日に記録作成等の措置を構ずべき無形の民俗文化財に国により選択されている。
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