豊臣秀吉が朝鮮半島に出兵した、文禄の役(1592)に今福松浦家より出兵し、朝鮮で討死した領主松浦定(さだむ)ほか7名の将士の供養塔である。 自然石板碑の供養塔を中央にして、右の定公の五輪塔、左に享和元(1801)年、今福松浦家の信忠が建立した供養の長明塔がある。 定公の五輪塔は本県における文禄・慶長年間(1592~1615)に建立された五輪塔としては代表的なものであり、供養塔に刻まれている文禄の役に関する資料は歴史的に価値の高いものである。 大きな地図で見る