佐世保本土と平戸島南端部のほぼ中間地点に位置する黒島は、九十九島のうち最大の島である。海岸部の標高50m付近までは急な断崖となっている一方、標高約100m以上はなだらかな地形となっており、畑地や集落が点在する。
江戸時代の黒島は、平戸松浦氏の配下である西氏の所領であり、藩の牧場が置かれていた。享保年間(1716~35)に開拓を目的とする最初の移住が平戸藩の主導で行われ、その後、西彼杵半島などから「潜伏キリシタン」たちが黒島に入植した。近世後期から末期にかけて島内に8つの集落が形成され、現在まで受け継がれている。
黒島は夏季・冬季ともに季節風の影響を強く受ける地域で、特に台風来襲時には猛烈な南風に襲われる。そのため居住地はできるだけ風の影響が少ない場所が選ばれ、同時に屋敷地及び隣接する畑地等の南側を中心に防風林を発達させた。防風林にはスダジイなど自然林を活用したものと、アコウなど意図的に植栽されたものとが確認され、独特の景観を形作っている。
このように、佐世保黒島の文化的景観は、近世期の牧に起源を持つ畑地やアコウ防風林と石積みによる居住地、属島における生産活動など、独特の土地利用によって形成される。日本人が「島」という環境の中でどのように暮らし続けてきたのかということを理解することができる文化的景観である。
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