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ファイル 亀丘城跡

永仁元(1293)年に波多宗無により築かれた平山城
亀丘城跡
史跡(県指定)
よみがなかめのおじょうあと
指定年月日昭和52年(1977)5月4日
所在地壱岐市郷ノ浦町本村触字大里683
所有者壱岐市
最寄り駅新道下車 徒歩5分

 亀丘城(亀尾城)跡は、鎌倉・室町・戦国時代における壱岐の最も中心的な平山城跡である。
 鎌倉後期の永仁元年(1293)、唐津の岸岳城主波(は)多(た)宗(そう)無(む)が築城したと伝えられる。その後一時史料を欠くが、戦国初期の文明4年(1472)、当時壱岐を分割知行していた志佐・佐志・鴨打・呼子・塩津留各氏に対し波(は)多(た)泰(やすし)が攻撃してこれを滅し、城を修築した。のち永禄8年(1565)日高喜が波多政を抑えて城主となった。江戸時代になると松浦藩の壱岐城代が館を構え、支配の拠点とした。城は本丸・二の丸・三の丸からなっていた。

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