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ファイル 堂崎教会

堂崎教会
有形文化財(県指定) 
よみがなどうざききょうかい
指定年月日昭和49年(1974)4月9日
所在地五島市奥浦町2019
所有者浦頭カトリック教会

 明治12年(1879)、五島列島南部にある福江島の堂崎に着任したマルマン神父は、翌13年に現在の堂崎教会の地に小規模な木造教会堂を建設した。明治20年(1887)に着任したペルー神父は新しい煉瓦造教会堂の建設を計画し、明治41年(1908)に野原与吉により竣工した。
 教会堂は福江島の北東端、田ノ浦瀬戸に面した奥浦湾入口の海岸部に立地する。
 外観は5段の長手積みと1段の小口積みを交互に配するアメリカ積みの煉瓦造で、正面を切妻造、背面を8角状の寄棟造、桟瓦葺とする。正面は身廊部が高い重層屋根の構成を表し、切妻屋根の鐘塔頂部には鉄製の十字架を戴く。側面には床から開く掃き出し窓が並ぶ珍しい構成である。
 平面は3廊式で、正面に鐘塔(玄関部)を張り出す。香部屋は内陣部を取り囲んで側面に張り出す。天井はすべて漆喰塗り4分割リブ・ヴォールト天井とする。列柱は角柱で、柱礎も付柱もなく、柱頭は簡素な植物模様で構成されている。リブは他の教会堂に比較して極めて細いため、会堂内は繊細さが感じられる。
 身廊部の小屋組には3種類の架構法が混在し、陸梁の位置も移動している。屋根勾配も緩くなっており、これらの工事は大正6年(1917)頃に行われたと推定される。
 かつては全五島の布教の中枢基地であった。また、社会奉仕施設や修道院の草分けでもあり、キリシタン史上からも重要な位置を占めている由緒ある天主堂である。現在は巡回教会となっている。

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