興福寺開山唐僧黙(もく)子(す)如(にょ)定(じょう)が寛永11年(1634)に架けたと伝えられる。2張間の半円迫(せり)持(もち)橋で、長崎最初のアーチ構造の伝来とされる。正保4年(1647)洪水に崩流したというが、翌慶安元年(1648)に重修したとされ、重建とは記していないので、この崩流は昭和57年7月の長崎大水害と同程度の半壊であったと解すべきであろう。以後数次の洪水にも若干の損傷があったが、350年の星霜に耐えている。長崎大水害復旧工事の際、左右両岸端部の段石が現れ、明治以前の姿に復元(昭和58年10月)された。日本最古の石造りアーチ橋である。
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