【おらしょ通信】 vol.282「紙と印刷の話」

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12月16日は「紙の記念日」です。

1875(明治8)年のこの日、東京王子の抄紙(しょうし)会社の工場が営業運転を開始したことを記念して制定されたようです。

抄紙とは「紙をすくこと」。この会社は実業家の渋沢栄一が大蔵省紙幣寮から民間企業として独立させたもので王子製紙の前身となりました。

紙は、紀元前2世紀頃、中国で発明されたと考えられており、3世紀頃には日本に伝わり、5世紀から6世紀頃に日本で作られるようになったようで、ガンピ、コウゾ、ミツマタといった植物を原料に、流しすきによって薄い和紙が作られていました。

一方、印刷技術は、鎌倉時代、室町時代に中国から伝わった木版印刷によって寺院などで経典や漢文学などの複製が行われ、産業化されるほど技術の向上が進んでいたようです。

そんな歴史の流れの中で、1590年、天正遣欧少年使節がヨーロッパから持ち帰ったのがグーテンべルグ式活版印刷機でした。

すでに伴天連追放令を発布していた秀吉の目をはばかってか、印刷機は島原半島の加津佐のコレジオに運び込まれ、翌年、日本で最初の金属活字を使った出版物「サントスの御作業の内抜書(うちぬきがき)(聖人伝)」が誕生しました。

その後、印刷機は天草へ、そして長崎のコレジオに移され、宣教師の国外退去によって運び出される1614年まで多くのキリシタン版が印刷されたそうです。

それらの多くにはきっと和紙が使われていたのでしょうね。

悪筆だから筆無精になったのか、筆無精だから悪筆になったのかはわかりませんが、今年は親しい人にだけ毛筆で年賀状を書いてみようかな、なんて思っています。

さて、どうなることやら・・・。

(文:ヒラモトヨシノリ、イラスト:ナカムラタエ)

長崎と天草地方のキリスト教関連歴文化遺産群ウェブサイト(おらしょ-こころ旅-)・おらしょ通信(vol-282) 
より(毎週月曜日更新)

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