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観光丸
観光丸

 

 嘉永(かえい)6年(1853年)、ペリー来航により鎖国が解かれ、海防の必要性を感じた幕府は、オランダに軍艦の購入を要請した。
  同年、幕府はオランダの協力を得て、洋式海軍の創設を目指して、軍艦の調達、艦長以下乗組員養成のための海軍学校の設立を決定。その2年後、オランダ国王から幕府に寄贈された日本初の木造蒸気帆船スンビン号(のちの観光丸)を練習艦とし、長崎奉行所西役所に長崎海軍伝習所が創設された。
  勝海舟(かつかいしゅう)や榎本武揚(えのもとたけあき)など幕末の優秀な武士たちはこの帆船で最新の航海術を学び、のちに勝海舟は神戸海軍操練所を開設。そこで、龍馬は航海術を身につけ、幕末長崎での活躍へとつながっていくことになる。
  昭和62年(1987年)、龍馬が夢を託したこの歴史的帆船を当時のままに復元。現在、ハウステンボスで就航している。

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