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自分で育てた種で野菜を作る。岩崎政利

 

いわさき まさとし

1950年、長崎県雲仙市生まれ。雲仙市吾妻町のふもとにて有機農業と種の自家採取を30年ほど実施。生産する野菜80種類のうち、60ほどの種を自家採取。現在「種の自然農園」を展開している。「スローフード長崎」の代表も務める。平成17年、岩崎さんが復活させた「雲仙こぶ高菜」は、絶滅危惧の食材などを守り伝える「スローフード協会国際本部(イタリア)」の「味の箱船」計画に日本で初めて登録された。

このコーナーでは地域を愛する人で、伝統芸能や伝統技術を大切に守り伝えている人やまちおこし・珍しいことに取り組んでいる人などをご紹介します。

島原の土に、生命力あふれる種子をまく。

 野菜の「花」を見たことがある人はどれだけいるだろうか? そして、野菜からとれる「種」に多様な色と形があることをどれだけの人が知っているだろうか? 種子をじっと眺めても、ひとつとして同じものはなく、その一粒一粒から個性ある野菜が芽吹く。それは島原という土地と風土にあった野菜たちだ。火山性の土壌は水はけがよく、ミネラル分も豊富で野菜の栽培に適している。
 雲仙市吾妻町に、収穫した野菜から種を取り続ける人がいる。岩崎政利(いわさきまさとし)さん59歳。農家出身の岩崎さんが就農したのは20歳。しかし、31歳のときに原因不明の病気で倒れ、長年寝込むことになったという。それを機に有機農法による野菜づくりを開始。種子そのものにも目を向け、収穫した野菜から独自に種子を採取するようになった。
 岩崎さんが種から作っている野菜は、市場ではめったに見ることができない昔ながらの「在来種」や「固定種」というものだ。在来種とは、日本各地で昔から作られ、その土地で生まれた野菜のこと。固定種は、別の土地からきた種子だが、その土地に根をおろし風土になじんで固定された野菜のことである。島原にも、この土地だけで生産されてきた野菜が昔はたくさんあったという。例えば長崎カブ、長崎ハクサイ、黒田五寸(くろだごすん)ニンジン、長崎高菜、長崎ワケギ、雲仙こぶ高菜、雲仙2月ハナヤサイ…。近年、消えようとしている野菜たちだ。「雲仙こぶ高菜」は、昭和22年頃、中国から長崎に持ち込まれた野菜で、雲仙でさかんに栽培されていた。しかし次第(しだい)に衰退し、その存在すら忘れ去られようとしていた。奇跡的に地元の農家で守られていた雲仙こぶ高菜の種と出会い、岩崎さんはその復活に力を注いだ。
「在来種や固定種の野菜は、その土地になじむことで野菜本来の力を発揮します。野菜がその土地になじみ、生産者がその野菜の本質を知るには最低でも5、6年はかかると思います」。岩崎さんの農法はとんでもなく時間がかかる。「その土地になじむ」ということは、そこに吹く風、温度、土に慣れるということだ。そして生きた土をつくることは「難しいこと」と岩崎さんはつぶやく。土を自然本来の土壌に再生させる…。その原点が雑木林。落ち葉の下にできるふかふかの土、雨はその生きた土を通って活性水となり、植物を強く逞(たくま)しくする。「野菜は無肥料では育たないと言われていますが、雑木林のように落ち葉や草木など自然界にあるものを土に戻せば、無肥料の状態でも元気に育つことが分かってきました」。生きた土に生命力ある種をまく。それは種が生きるということであり、そこに昔ながらの野菜が芽吹けば、島原の土そのものが本来の土壌となって生きてくる。岩崎さんの挑戦は今もなお続く。