ふるさと再発見 第17回
佐々町 神降る山のふもとで、受け継がれるこころ

佐々町農業体験施設からの眺望。

眠っていた歴史がいま目を覚ます。

 長崎県の北部、佐世保(させぼ)市に隣接する佐々町(さざちょう)。高台からまちを見下ろすと、中央を清流が走っている。県北の最高峰国見山(くにみやま)に源流を発する佐々川は、緩やかな孤を描きながら九十九島(くじゅうくしま)の海へとつながり、その向こうには、はるか五島(ごとう)列島が浮かんでいる。
 長崎県内に暮らす人でも佐々町に降り立ち、ゆっくりと散策したことのある人は少ないのではないだろうか。正直、「平戸(ひらど)へ行く通り道」だと思っている人もいるかもしれない。しかし、平成23年に西九州自動車道が佐々インターチェンジまで開通し、アクセスが向上してからというもの、これまであまり知られていなかったまちの魅力が徐々に明らかになってきた。最近では、県外からパワースポットめぐりに訪れる人も多いという。
 皆が通り過ぎてきたまちだからこそ、観光地化されることなく、そこに暮らす人々がつないできたものがしっかりと残っている。佐々は、そんなまちだ。だからどこを歩いてもタイムトリップしたような懐かしさを覚える。そして、受け継がれてきたものの価値を知ることができる。
 さぁ、出かけよう。佐々をめぐる時間旅行へ。

展望所の菩薩様。

私たちの知らないところで菩薩様はいつも祈ってくださっている

 まちの西にそそり立つ連峰「古川岳(ふるかわだけ)」は佐々のシンボルである。古くから神が降りる山と信じられ「降神岳(ふるかみだけ)」とも呼ばれてきたこの山には、平安時代、頂上に神殿が設けられ、「山尊大明神(さんそんだいみょうじん)」が祀(まつ)られていたという歴史がある。とても険(けわ)しい山々だが、現在は全長3・3キロメートルの遊歩道が整備されており、散策を楽しむことができる。
 今回挑戦したのは、真竹谷(またけだに)側から登る初心者向けのコース。郷土史家の朏由典(みかづきゆうすけ)さんに案内していただいた。初心者向けといっても、登山口から271段の階段を上ると、さらに急カーブの階段が待ち受けるという、運動不足の体には少々きつい道のりだ。しかし朏さんは「この遊歩道ができる前はここを上ってきていたんですよ」と、道なき道を指さす。なんでも古川岳には谷ごとに道(のようなもの)があり、村人たちはその険しい山道を登ってお参りに来ていたという。
 やっとの思いで階段を上りつめ、展望所にたどり着いた。眼下には佐々のまち並みが広がり、それを見守るように菩薩(ぼさつ)様が立っていた。これは、昭和8年に村の有志たちが寄進したものらしく、遊歩道には10体の観音像や菩薩像が祀られているという。
 まちを見下ろしながら、朏さんが佐々の歴史を語りはじめる。「私は佐々の歴史の中でも特に室町時代に興味があります。室町時代は、それまでさげすまれていた人々が世に出はじめ、日本中が沸(わ)き立っていた時代です。時とともに平戸の勢力が大きくなり、佐々は取り込まれていくのですが、もともと佐々を領有していた佐々氏も最初は農民だったのではないかと思うんです。私は自らの領土を自分たちの手で守ろうと決意したこの時代の佐々の歴史が好きですね」。
 展望台を後にし、隣の峰である三尊(さんそん)岳へと向かった。古川岳はとにかくアップダウンが激しい。上ったかと思えば下り、下りきったかと思えばまた上る。
 「ここから上が三尊岳ですよ」と朏さん。見ると、これまた道なき道である。とても上ることはできそうもないが、山尊大明神が祀られたのは977年。その後、358年もの間、この場所にお宮があったというから驚く。突然、強い風が吹いた。「この場所は昔から風が吹き抜けるんです。子どもの頃は、夏になるとここでよく涼んでいました」。朏さんの幼い頃を懐かしむ声が風に乗って消えていった。


郷土史家 朏由典さん。

展望所までは急な階段が続く。

山の中で海に出会う

 

目の前に現れた神秘の風景。そこは言葉のいらない世界

 三尊岳の崖下を進むと、むき出しの巨岩や岩壁が続いている。その迫力に圧倒されながらも、ある衝撃的なことに気付いた。波に洗われたなめらかな岩肌と浸食の跡……ここにある岩は海にある砂岩そのものではないかと。「そうなんですよ。ここは昔、海だったんです。この巨岩は佐々川の川底から地下800メートル下のものと同じ地層なんですよ」。巨岩には丸い小石だけではなく、貝殻までも付いている。
 山の上に海の風景が広がっている——昔の人々はさぞ不思議に思ったに違いない。平安時代、この巨岩のすぐ下には海が広がっていたという。今のように岩をさえぎる木々もなかったというから、下から見上げるとそそり立つ不思議な巨岩はさぞ神々しく見えたことだろう。なぜこの場所にお宮があるのか、ようやく理解できたような気がする。
 数10メートルおきに祀られている仏像。そして、その重い仏像を担(かつ)いできた村人たち。彼らの厚い信仰心とはいかばかりだっただろう。「山を上るのは辛(つら)いことですが、その苦しさがお参りしているという実感につながるのかもしれません。今でも毎月、上る人がいらっしゃいますよ」。朏さんの言葉に何度も頷(うなず)いた。
 地上200メートルの山の上で見る海の景色は神秘的で、ご利益を求めるというよりも、畏敬の念を抱いた。菩薩様のお顔に木漏(こも)れ日が降り注ぐ。そっと手を合わせた。

山中には仏像が祀られている

貝殻がついている岩

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