若松瀬戸の美景を堪能する爽快クルージング笑顔の遊覧船

 西海(さいかい)国立公園・若松瀬戸を遊覧船で楽しめると聞き、若松港へと向かった。停泊していたのは優美な船体の遊覧船「カテリナ」。船内には真っ白なクロスが掛けられたテーブルが並んでいて、セレブな雰囲気が漂う。大ベテランの濱川善二(はまかわぜんじ)さんと、その娘の久美子(くみこ)さんが交代で操縦する遊覧船だ。
 クルージング日和(びより)のこの日、船は軽やかに出港した。いくつもの島々が織りなす海岸線は実に美しい。若松瀬戸で30年間瀬渡しを営んできた善二さんは、以前から「この風景をもっと多くの人に知ってもらいたい。そのためにいつか必ず遊覧船を走らせてみたい」と思っていたという。夢が叶(かな)ったのは2年前のこと。ハウステンボスの運河を走っていた船を譲り受ける話が決まったのだ。このとき善二さんは77歳。まさに喜寿(きじゅ)で叶えた夢だった。以来、善二さんは娘の久美子さんを「女船頭」として相棒にし、多くの観光客を楽しませてきた。
 若松大橋を右手に望みながら船はゆっくりと進む。操縦していた久美子さんが近くで真珠養殖の作業が行われているからと案内してくれた。海の上に浮かぶ作業場では、成長した真珠貝を網に移し替える作業の真っ最中。この辺りでは昔から陸地ではなく海上に組んだ屋形で作業を行うとのこと。海の上でのんびりくつろいでいる猫に思わず頬(ほお)が緩んだ。
 「あれはマグロ、あっちはヒラスの養殖場ですよ」と案内を受けながら、次に目指すのは久美子さんおすすめの「桐教会(きりきょうかい)」。小高い丘の上に立つ桐教会はオレンジの屋根が印象的だ。
 「まだまだ修行中」だという久美子さんと、船体ギリギリの狭い入江をスイスイと操縦する善二さん。船内には笑いが絶えない。お2人は人との交流が喜びだと話す。「これまでたくさんのお客様からお礼状をいただきました。それが本当に嬉(うれ)しいんです」。春は桜、夏は新緑、秋は月見、冬は寒椿と四季を満喫できる遊覧船。そのすべてにもれなく楽しい会話が付いてくる。底抜けに明るいお2人の笑顔こそが観光資源なのかもしれない。

洋風の船内は女性客に人気が高い。

女船頭の濱川久美子さん。

ひさご塚古墳

ハリノメンド

このシルエットがあなたには何に見えますか。

 波が高くなってきた。船はいよいよ外海へと向かう。先ほどまでの穏やかな内海とは異なり、島の様相も荒々しいものとなってきた。船が島のすぐそばを通るため、波でえぐられた大迫力の白い岩肌が目前に迫り、島自体が感情を持った生き物のように感じられる。
 クルージングのクライマックスともいえる場所、それがキリシタン洞窟(どうくつ)だ。ここは明治時代、迫害から逃れようと付近のカトリック信徒たちが隠れ住んだ場所。教会堂めぐりが盛んになるまでは、地元の人にもあまり知られていなかったという。キリシタン洞窟は若松島の突端にあり、遊覧船で行くのにも大変な場所だ。当時小舟に乗り、ここまで逃れてきた信徒たちの心情を思うと、胸が締め付けられる。その苦しみと悲しみはいかばかりであっただろう。信徒たちはある朝、沖を通る漁船にたき火の煙を見つけられ、捕らえられてしまう。白亜のキリスト像は、昭和42(1967)年、先人たちを偲(しの)ぶ信徒たちによって建てられたものだ。毎年、死者の日である11月2日頃にはミサが捧(ささ)げられている。
 キリシタン洞窟のすぐそばには「ハリノメンド」と呼ばれる浸食洞がある。メンドとは「穴」の意。長い時間をかけて波の浸食によってできた「針の穴」と呼ばれる浸食洞は、幼子イエスを抱いた聖母マリアのシルエットに重ねられている。海からしか見ることのできない聖母子像である。
 若松瀬戸の遊覧はめくるめく風景が魅力だ。エメラルドグリーンの透き通る海と自然の神秘を感じさせる島々。山から顔を覗(のぞ)かせる野生の鹿や行き交う船と船。そして悲しみの歴史。善二さんの言葉が忘れられない。「岩の上に木がいっぱい生えているでしょう。あの木々は潮風を受けても枯れない。人間もあんなふうに強く生きていきたいものです」。

キリシタン洞窟

屋形舟遊覧 カテリナ
南松浦郡新上五島町西神ノ浦448-44 TEL:0959-46-2261
ひさご塚古墳

 

夫婦でおもてなし一日一組限定のあったか宿

 この日の宿は「寛(くつろ)ぎの宿 小串(こぐし)」。金堂髙志(かなどうたかし)さんと満壽代(ますよ)さん夫妻が切り盛りする1日1組限定の宿である。到着後、満壽代さんが淹(い)れてくださったコーヒーでまずは一息。五島らしい椿柄のカップが嬉しい。
 博多で生まれ、大阪、名古屋と都会で30年間サラリーマンをしてきた髙志さんが、満壽代さんの生まれ故郷である上五島に移住したのは8年前。満壽代さんのご両親の介護がきっかけだった。海へ行くにも、山へ行くにも30キロメートル以上車を走らせなければならない都会での暮らしから抜け出したかった髙志さんは、いつかは田舎暮らしをするつもりだったと話す。
 島では、料理が大好きな満壽代さんの提案で民宿を営むことにした。髙志さんの仕事は送迎にガイドに掃除に給仕。夫婦で役割分担をしながら1組1組を丁寧にもてなす。すぐ近くの浜へ髙志さんが案内してくれた。夕陽を受けてきらめく海は信じられないほどの透明度で、耳に届くのは虫の声、鳥の声、波と風の音……自然の音色だけだ。「夏は涼しくなる夕方から泳ぐのがいいんですよ。日焼けもしないですしね」。のんびりとした口調で髙志さんが話す。
 宿に戻ると、自慢の料理が待っていた。次から次へと器が運ばれてくる。五島ならではの「きびなご」や新鮮な刺身、鯨の竜田揚げ、かぼちゃの直煮(じかに)、長崎らしい皿うどんなど。極めつきは「あわびの味くらべ」。刺身、おどり焼き、すき焼風と、なんと1人前が3個である。この夜は1晩で何年分ものあわびを味わった。満壽代さんのモットーは地元の素材を使うこと、冷凍物は使わないこと、1から手作りすること。美味(おい)しさの秘密は心づくしというわけだ。「海水浴を楽しむなら夏ですが、おすすめは魚に脂がのる秋から冬にかけて。魚の種類も豊富ですし、とれたての水イカも最高ですよ」と髙志さん。
 この宿のもう1つのご馳走(ちそう)はその眺望。部屋からもお風呂からもトイレからも海が見える。満壽代さんの趣味だというインテリアも心和むものばかり。ロビーや部屋に飾られている1つ1つの物から温かな想いが伝わってくる。
 客のほとんどは関東からのリピーターで連泊も多いという。その理由は1度泊まってみれば分かる。宿を包み込む雰囲気は、お二人の仲の良さとイコールで結ばれていた。

地元の素材を使用した料理

どこからでも海が見える。

寛ぎの宿 小串
南松浦郡新上五島町小串郷109-8 TEL:0959-43-8067
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