時空を超えるまち 東彼杵
小玉さんご夫妻。

 虚空蔵山(こくぞうさん)のふもとにある、東彼杵町(ひがしそのぎちょう)の静かな山里。田んぼと川と菜の花、その中に民家がぽつりぽつり。ただそれだけの風景が心を穏やかにしてくれる。
「抱星窯(ほうせいがま)」という小さなプレートを見つけた。こんな場所に窯元があるとは驚きだ。小玉健策(こだまけんさく)さんと恭子(きょうこ)さんご夫妻は、今から28年前、「薪窯(まきがま)での作品づくりに取り組みたい」という2人の夢を叶(かな)えるため、都会から人家の少ないこの場所に移住してきたという。展示室にはお二人の作品が飾られていた。上品なラインの湯呑(の)み、思わず微笑(ほほえ)んでしまうギターを弾くうさぎの一輪挿し。どの作品もやさしさと温もりにあふれていて、作り手自身が楽しんでいるのが伝わってくる。
 すっかり東彼杵の人になったお二人は「不便なようで、便利なのが東彼杵」だという。高速道路を使えば、長崎空港や福岡、佐賀から意外と近く、いろんな人に足を運んでもらえる。そして、どこへでもすぐに行ける場所でありながら、こんなにも美しい自然が残っている。「ねっ、いいところでしょう?」と恭子さんが笑った。
 抱星窯の先には虚空蔵山の登山口がある。これから山へ登るのだと話すと、健策さんも一緒に登ってくださるという。愛犬のシオも一緒だ。天気は晴れ。絶好の山登り日和である。

自然と好きなものに囲まれて暮らす小玉さんご夫妻。
抱星窯
東彼杵郡東彼杵町川内郷1591 TEL:0957-46-1486
1歩、また1歩。人は祈りながらこの道を登る。

虚空蔵山とともに生きてきた山口さん。

 弘法大師(こうぼうだいし)が修行を積んだとされる虚空蔵山は、古くから人々の信仰の対象であった。山頂には虚空蔵大菩薩(ぼさつ)が祀(まつ)られており、参拝する人も多い。
 今回は、20年間にわたり虚空蔵山の管理をしている山口政治(やまぐちまさじ)さんに案内をお願いした。月に数度山頂まで登り、祠(ほこら)の水やシバを替え、掃除をし、お参りをするという山口さん。なんと御年74歳の山守である。
 登山口から山頂までは約1時間。そのくらいなら大したことないと思っていたが、標高608メートルの高さを1時間で登るのだから、山道はかなり急だ。日頃の運動不足もたたり、登り始めてすぐに息が上がり出した。それでも、やはり山はいい。ひんやりとした冷たい空気と川のせせらぎ、鳥のさえずりとキラキラと光る木漏(こも)れ日。山の息吹を体全体で感じることができる。
 山道を登りながら山口さんに話を聞いた。山頂の祠は代々、山のふもとにある川内郷(こうちごう)の人が守ってきたという。山口さんも20年前に地域の人に頼まれて以来、この役目を果たしてきた。報酬があるわけではない。さぼっても誰にも分からない。しかし、山口さんは長年、彼杵川(そのぎがわ)の上流で水を汲(く)み、山頂まで登り続けてきた。「自分のためではなく、他人のためだからできる」。さらりと放った言葉にすべての答えがあった。
 子どもの頃から登ってきた山。山守となってからは、多いときには1日に2度登る日もあるというだけあって山口さんの足取りは軽い。足が重くなり始めた私を振り返り、自分は全く平気だとニコニコ笑う。そして滑りそうな岩場も、手すり代わりのチェーンがある崖(がけ)のような斜面も、ひょいひょい登って行く。
 虚空蔵山は川棚(かわたな)町や佐賀県嬉野(うれしの)町にも登り口がある。山頂付近で、それらから登ってきた人たちと出会った。驚いたのは、遠方からの登山客が多いこと。唐津(からつ)や久留米(くるめ)、神戸(こうべ)からという人もいた。山口さんは、こうした山での出会いも楽しみのひとつだという。「どこからですか?」から始まる会話は、まさに一期一会。山を下って来た人から「頂上はもうすぐですよ」と励まされ、一気に元気になった。

山口さんと小玉さんの愛犬シオは元気いっぱい。

清々しい気持ちのその後に心の静寂が訪れる。

山頂からの景色を説明していただいた後は記念撮影。

 ようやく山頂に着いた。ここからの景色は、想像以上の絶景である。紺碧(こんぺき)の大村湾と山々の美しい稜線(りょうせん)、そして人々の暮らしが営まれている町並み。360度の大パノラマは、登った人だけに与えられるご褒美(ほうび)だ。
 山口さんは「虚空蔵山は何度登ってもいい山だ」と言う。しかしそれは、素晴らしい景色に出会えるからだけではないだろう。自然に抱かれ、祠の前で手を合わせるとき、人は素直になるものだ。たとえ一瞬でも、清らかな心を手に入れることができれば、山を登ったかいは充分にある。虚空蔵山は、信仰の山なのである。
 毎年9月23日には「虚空蔵彼岸(ひがん)まつり」が開催されている。この日は県外からも多くの人が集まり、川内地区では夜が明けぬ暗いうちから皆で山頂まで登り、日の出を拝むという。神事も執り行われ、地域の人たちは登山客をもてなす。このまつりの準備も山口さんの大事な仕事だ。代々の山守に託されるという「賽銭帳(さいせんちょう)」を見せていただいた。昭和8年9月23日に始まる賽銭帳には賽銭の額(歳入)と、おまつりの時に催される宴会で購入したもの(歳出)が細かく書かれてある。歳出の欄に「酒6升」「サトー」「スルメ」などと共に「鯨」とあるのが、いかにも東彼杵らしい。昔からこの日は、地域の人々にとって特別な日だったのだろう。
 山口さんはたくさんの人に虚空蔵山に登ってほしいと話す。「虚空蔵山にお参りして子どもを授かったという人もいるんですよ。そういう方からお礼を言われると本当に嬉(うれ)しいですね」。
 供えられたシバが青々としている。聞けば、山口さんは一昨日もお参りに来たのだという。神様は、山守の心の中にいた。

お札

賽銭帳

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