世界が感動したおもてなしの島
古民家レストラン「藤松」の庭
小値賀には壮大な歴史が流れている

 五島(ごとう)列島の北端に位置する小値賀町(おぢかちょう)は、大小17の島々からなる。そのうち人が住んでいるのは小値賀島、斑島(まだらじま)、黒島(くろしま)、大島(おおしま)、納島(のうしま)、六島(むしま)、野崎島(のざきじま)の7つの島で、人口はわずか2900人ほどである。
 小値賀の島々はその昔、火山の噴火によって形成されたという。そのため、小値賀の大地はミネラル豊富な赤土で、島に豊かな恵みをもたらしてきた。太古よりこの地に暮らす人々の命は、島を囲む海と、肥沃(ひよく)な大地に守られてきたのである。

 小値賀島の東には、江戸時代に捕鯨や酒造りで富を築いた藤松(ふじまつ)家がある。旧家の屋敷は現在レストランに生まれ変わっているが、専用の船着き場はそのままの佇(たたず)まいで残っており、当時の面影を偲(しの)ばせる。また、近年この辺りの海底では、平安時代末から鎌倉時代初頭に船から落ちたと思われる中国陶磁器が見つかっている。これは、かつて小値賀島が国際貿易港として繁栄していたことを示す証(あかし)である。
 それぞれの時代で繁栄を築いた小値賀。その島が近年、再び脚光を浴びている。国内はもちろん、世界中から人々が訪れているのだ。限られた交通手段しかなく、決して便利とはいえないこの島に、人々は何度も何度も足を運ぶ。人々を魅了してやまないのは、島人たちのおもてなしの心だという。今回はそんな温かな魅力にあふれる小値賀を旅する。

スローサイクリングでぐるりと島をめぐる

爽やかな風が吹き抜ける姫の松原

五両だきからの景色は絶景

 佐世保(させぼ)港から高速船に揺られること1時間半、小値賀島に到着した。島特有ののんびりとした空気が流れる港である。出迎えてくれたのは、小値賀町役場の神崎健司(かんざきけんじ)さんと、「おぢかアイランドツーリズム」の嶋立久人(しまたてひさと)さん。
  なだらかな地形の小値賀を観光するには自転車が1番と聞いて、ターミナルでレンタサイクルを申し込んだ。まず向かったのは、日本名松100選にも選ばれたという島の名所「姫(ひめ)の松原(まつばら)」。真っ直ぐにのびた1本道の両側に、空を覆うように松の木がそびえ立っている。まさに松のトンネルである。約450メートルに渡って植えられた松の木は、1675年に植林されたものだという。松並木の中を自転車でゆっくりと進んでいると、風に乗って建物からリコーダーの懐かしい音色が聞こえてきた。「僕が通った中学校なんですよ」と神崎さん。毎日こんなに素敵な通学路を歩けるのも、小値賀の子どもたちの特権だろう。
 松原を抜けると、目の前に海が見えてきた。その先に見えるのが納島と宇久島(うくじま)だという。島内を走っていると、鮮やかな赤土の美しい畑や田んぼが次々に目に飛び込んでくる。道端には見慣れないものが干してある。どうやらゴマらしい。株ごと刈り取ったゴマを天日に干して乾燥させ、時期が来たら叩いてはじけた実を取り出すそうだ。
 柳(やなぎ)地区の集落に入ると、1年前に福岡から小値賀に移住したという嶋立さんが「初めて見たとき、とても驚きました」と、住民センター前の電話ボックスを指さした。近付いてみると、中には公衆電話ではなく、何やら機械が置かれている。「柳地区ではここから町内放送をするんですよ」と嶋立さん。「僕の隣の地区では町内放送の前には必ず演歌が1曲流れます」と神崎さんが笑う。なんともほのぼのとした話である。
 柳地区には「五両(ごりょう)だき」という名勝がある。「だき」とは、波によって浸食された地形のことで、ここには幾万年の海蝕(かいしょく)によってできた大きな「だき」があり、自然の力に圧倒される。五両だきの前に広がるのは透明度の高い遠浅の海。周辺に展開される長崎鼻(ながさきばな)と呼ばれる岬や白い砂浜は、まるで1枚の絵のようだ。澄んだ空気に、何度も深呼吸をした。

心も走りだす

緑にはひとつひとつ匂いがある。島がそれを教えてくれた

 小値賀本島から橋を渡って行けるという斑島を目指す。坂のまち長崎に住む者にとって小値賀はとてもなだらかに感じる。「島で1番高い山でも111.3メートルなんですよ」と嶋立さん。確かに土地は開けており、どこを走っても視界がいい。
 斑島へ渡る橋の手前で草を食(は)む牛に出会った。小値賀は畜産も盛んで、ほとんどの牛が放牧で飼養されている。よく見れば子牛ばかり。潮風を含んだミネラル分たっぷりの草を食べて育った牛たちは、この島を巣立つと有名ブランド牛になるという。
 潮風が吹きつける真っ白なアーチ型の斑大橋は最高のサイクリングロード。キラキラと輝く海面を眺めながら、島へと渡る期待感に胸が膨らむ。橋を渡ると「ポットホールまで1500メートル」の標識が現れた。何やら分からずに自転車を走らせると、海を望む広大な原っぱに白い小さな鳥居が立っており、「玉石(たまいし)大明神」とある。
 ポットホールは鳥居の先にあるという。岩場に上り、下を覗(のぞ)き込みながら「これがポットホールですよ」と神崎さんが教えてくれた。円形の深い穴の中にまん丸の石が転がっている。その玉は一瞬作り物かと思うほどきれいな丸で、ラムネの瓶を彷彿(ほうふつ)させる。ポットホールは、岩の裂け目から入る荒波で玉石が回転し、玉石がどんどん穴を削ると同時に、自身も丸くなりながら奥深く移動したものとのこと。初めはただの岩だったものが、約6000年の年月をかけて東シナ海の荒波に磨かれ、現在の形になったのだといわれている。奇跡のようなこのポットホールは国の天然記念物に指定されており、地元の人からは「玉石様」と呼ばれ、信仰されているそうだ。
 島を走っていると、風がいろんな緑の匂(にお)いを運んでくる。道を曲がるたびに、景色が変わるたびに、ちょっとずつ違う緑の匂いがする。「僕は島そのものに育ててもらったような気がします」と話す神崎さん。この島を包む空気に触れて、その思いがちょっとだけ分かったような気がした。

ほとんどの牛が放牧で飼育

玉石(たまいし)大明神

ポットホール「玉石様」

ガイドをしてくれた
嶋立久人さん(左)
神崎健司さん(右)

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