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やきものの里に吹く新しい風
釜山神社へ続く階段(佐世保市三河内町)

 世界に誇る高い技術力で伝統を守り続けてきた三川内(みかわち)焼と、日本有数の生産力で庶民の食卓を彩ってきた波佐見(はさみ)焼。長崎のやきものを代表する両者は異なる歴史を持ちながら、400年以上にわたり人々に愛され続けてきた。
 今、この二大産地でそれぞれの特徴を生かした新たな取り組みが行われている。そのキーワードは「NEO ? MIKAWACHI(ネオミカワチ)」と「おうち器(うつわ)」。どちらもセンスを重要視する若いやきものファンに浸透しつつあるという。産地ではどんなやきものが作られているのだろう。そして、その先にどんな光が見えているのだろう。動き始めたやきものの里、三川内と波佐見に向かった。

三川内焼と波佐見焼のルーツを探る

 三川内焼の歴史は約400年前にさかのぼる。16世紀末、文禄・慶長の役後、九州各地の大名たちは朝鮮の陶工を日本へと連れ帰り、競って窯を開かせた。そんな中、平戸藩領主松浦鎮信(まつらしげのぶ)も陶工・巨関(こせき)ほか約100名を領内へ連れ帰る。平戸中野に窯を開いた巨関は主に陶器を焼いていたが、その子今村三ノ丞(いまむらさんのじょう)が寛永10年(1633年)に針尾(はりお)島(佐世保市)で網代(あじろ)陶石と呼ばれる白磁鉱を発見すると状況は一変。三ノ丞は美しい川が流れる緑豊かな三川内の地を白磁の窯場とし、平戸藩は三ノ丞を窯場の責任者兼役人である皿山棟梁(とうりょう)代官に任命する。さらに慶安3年(1650年)には中野の陶工たちが三川内地区に移され、御用窯の体制が完成した。御用窯とは藩が庇護(ひご)し、朝廷や諸大名向けの器を焼く窯のことで、三川内では平戸藩の御用窯として献上品など、質の高いやきものづくりに取り組んだ。
 17世紀後半になると、三川内で焼かれた磁器は海外へ盛んに輸出されるようになるが、次第に中国の景徳鎮(けいとくちん)窯の攻勢でヨーロッパの市場が奪われ、日本の磁器の窯場は国内向けの安価な日用品を作る必要に迫られる。しかし御用窯の三川内では、こうした経済的な荒波に巻き込まれることなく、技術の粋を集めた細工ものや茶道具を作り続けることができた。

 三川内焼が再び本格的に輸出されるようになるのは幕末。美しい磁器はそのデザインと類(たぐい)まれなる技でヨーロッパの人々の心を魅了したのである。まるで芸術品を思わせる三川内焼。繊細で優美な染付や精巧な細工は、一目で技術の高さを思わせる。それは平戸藩の厚い保護の下、陶工たちがコストを意識することなく、技を磨くことだけに全精力を注ぎ続けた結果だ。そして、三川内では今もなおその伝統が継承されている。

 

唐子

献上品の代表格である唐子(からこ)。三人唐子は一般武士用、五人唐子は諸大名用、七人唐子は朝廷や将軍家用と区別されていた。平戸藩の御用窯として三川内焼がほぼ独占的に描くことができたモチーフである。

 将軍や大名、天皇への献上品として作られた三川内焼に対して、400年間庶民のための器として親しまれてきたのが波佐見焼である。その始まりは三川内同様、大村藩主大村喜前(よしあき)が朝鮮出兵の帰国の際に連れ帰ってきた陶工たちによるものだという。
 現在のように国内向けの磁器、特に安価な日用食器が作られるようになったのは江戸時代。この頃生まれたベストセラー商品が「くらわんか碗(わん)」である。この時代、大阪の淀川では小舟で「あん餅(もち)くらわんか、酒くらわんか」と声を掛けながら酒や食べ物を器に盛って売る商いが大繁盛。そのかけ声から使われた器は「くらわんか碗」と呼ばれ、その後、安い日用食器を「くらわんか手」と呼ぶようになった。波佐見では幕末に至るまでこの「くらわんか手」を大量に生産し続けた。中尾地区には世界最大規模の登窯(のぼりがま)跡もあり、その生産量は日本一を誇るまでになったのである。
 しかし波佐見焼の名が知れ渡ったのは、ここ30年ほどのこと。江戸時代は当時の積出港(つみだしこう)の名をとり「伊万里(いまり)焼」、明治以降は出荷駅の有田の名で「有田焼」として流通していた。伊万里焼、有田焼の中には実は多くの波佐見焼が含まれていたのである。そうして昭和53年、伝統的工芸品に指定されたのをきっかけにようやく「波佐見焼」と呼ばれるようになった。
 波佐見焼の功績は大量生産によってそれまで高価だった磁器を安価で提供し、庶民の食文化を一段と向上させたことにある。庶民と共に歩んできた日常使いの器は、常に作り手たちの知恵の結晶であった。もちろん、それは今も変わらない。波佐見の和食器の出荷額は、美濃(岐阜県)、有田(佐賀県)に次ぐ全国第3位。今日も多くの食卓を華やかに彩っている。

くらわんか碗

くらわんか碗の誕生により、廉価な磁器が庶民の手に届くようになった。量産品のため、丁寧なつくりではないが、素早い筆づかいによって生き生きとした模様が描かれ、素朴な温かみが感じられる。

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