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地球の鼓動を体感する世界ジオパーク
雲仙岳災害記念館から普賢岳を望む

 2009年8月、世界的に貴重な地形や地層などを認定する「世界ジオパーク※」に日本で初めて島原半島が認定された。世界遺産の地質版ともいわれるジオパークだが、認定されるためには次の4つの項目について認めてもらう必要がある。

1.学術的に貴重な地形、地質遺産や美しい自然環境が複数あること。
2.それらが保護されていること。
3.それらをうまく利用した人々の暮らしや歴史があること。
4.それらの地質遺産を、教育や観光に持続的に活用していること。

 世界遺産と大きく違うのは3と4の2項目である。ジオパークに認定されるためには地形や地層だけでなく、その恵みを受けて生活する人々の営みや地域の歴史が大切な要素になるという。現在、島原半島では「雲仙岳(うんぜんだけ)災害記念館」を拠点に、ジオパークを知ってもらうための様々な取り組みが行われている。ジオパークの魅力とは一体なんだろう。世界が認めた島原半島の知られざる姿に迫る。

※世界ジオパーク
認定機関は、ユネスコが支援する世界ジオパークネットワーク

島原半島は、地球の歴史を学ぶ野外博物館

 島原半島が世界的な注目を浴びている大きな理由の1つに、火山の成長を観察できるという点がある。1990年に起きた雲仙普賢岳(ふげんだけ)噴火災害は、私たちに強烈な記憶を焼きつけたが、島原半島でははるか昔から幾度となく火山活動が繰り返されてきた。この火山活動の跡を観察することができるのがジオサイトである。今回は島原半島ジオパーク推進連絡協議会事務局の寺井邦久(てらいくにひさ)さんに主なジオサイトを案内していただいた。
 まず訪れたのは千々石(ちぢわ)断層である。島原半島は現在、全体的にゆっくりと南北に広がるように動いているという。その地面の動きが作り出した大地の巨大な裂け目が千々石断層である。この断層は約30万年前に活動を始めたと考えられており、断層の長さは約14キロメートル。最大落差は450メートル以上に達し、今でも年間1.5ミリメートルずつ沈降しているという。膨大な時の流れが生み出した美しい景観は、島原半島が動いていることを肌で感じさせてくれる。
「ここが島原半島が始まった場所です」と寺井さんが案内してくれたのは、半島南端の早崎半島である。島原半島は今からおよそ430万年前の海底火山の噴火から始まったという。「島原半島の歴史は人類の歴史と同じくらい長いんですよ」と寺井さん。ここでは半島で最も古い岩石を見ることができる。

千々石展望台から千々石断層を望む

寺井邦久さん

両子岩(ふたごいわ)

 次に、「雲仙火山のはじまりが見られる貴重な場所です」と案内されたのが龍石(たついし)海岸である。本来なら地中深くあるべき70万年前の地層が露出しているばかりか、50万年前に雲仙火山が初めて噴火した火山灰の層も観察でき、幾重にも重なった様子は、まるで芸術作品のようである。
 次に訪れたのは原城(はらじょう)跡。原城は、1637~8年に起きた島原の乱の最後の激戦地であるが、ここは地質学的にも重要なジオサイトであるという。原城は三方を海に囲まれた標高約30メートルの高台に建つ天然の要塞だった。城を築くのに適したこの高台は、なんと約9万年前の阿蘇(あそ)火山の巨大噴火に伴う火砕流によって形成されたものだという。有明海(ありあけかい)を渡って島原半島まで達する火砕流--想像を絶する自然の猛威である。また、柔らかくて掘りやすかったのか、天草四郎たちはこの火砕流の地層部分に洞穴(どうくつ)を掘ったという。阿蘇の大噴火がなければ歴史は変わっていたかもしれない。
 このほか、約150万年前に噴出した厚い溶岩流や土石流の地層が見られる国崎(くにさき)半島をはじめ、半島内には23ヵ所のジオサイトがあり、それぞれに地球の歴史を学ぶことができる。共通しているのは、学術的にとても貴重な地形や地層が、ふだん目にする風景の中に溶け込んでいるということ。島原半島ジオパークは野外博物館そのものである。

火山活動がもたらした温泉、湧水

 島原半島で繰り返されてきた火山活動は恐ろしい災害を引き起こす一方で、人々に様々な恵みをもたらしてきた。その1つが温泉である。島原半島は硫酸塩泉の雲仙温泉、塩化物泉の小浜(おばま)温泉、炭酸水素塩泉の島原温泉と、泉質の異なる3つの温泉が湧出(ゆうしゅつ)する大変珍しい土地だという。
 数多くの旅館が立ち並び、九州でも有数の温泉地として知られる雲仙。中でも観光客が必ず足を運ぶのが雲仙地獄である。この凄まじい蒸気を噴き上げる地熱地帯が、実は移動しているということをご存知だろうか。現在、最も活発な噴気活動が見られるのは、雲仙地獄の東端にある大叫喚地獄(だいきょうかんじごく)付近。この大叫喚地獄から西に移動するにつれて噴気活動は衰退し、雲仙地獄の西端の原生沼(げんせいぬま)付近では、まったく噴気活動が見られない湿原となっている。地獄は枯れると、長い時間をかけて森になるという。ここ数10年で枯れたという旧八万地獄(きゅうはちまんじごく)を訪れると、岩肌に小さな花が咲いていた。そこには、森になろうと必死に生きている地獄の姿があった。

雲仙地獄

活発な噴気活動が見られる

ほっとふっと105

 小浜温泉へ移動し、路地裏を散策していると、不思議なことに気付いた。小浜歴史史料館の敷地内には約100度の源泉がある。そこから200メートルほど歩いた場所には低温の炭酸泉が、さらに200メートルほど歩いた場所には水が湧(わ)き出しているのだ。とても狭い範囲で温度や泉質がこれほどまでに変化するのは、断層によって地下構造が変わったためと考えられている。これも島原半島が動いている証拠といえそうだ。小浜では近年、温泉熱で稼働するバイオディーゼル燃料の精錬プラントも開発され、地域ぐるみで温泉熱を利用したエコ活動が行われている。
 小浜温泉にはこの春、新しい観光スポットがオープンした。源泉温度105度にちなんでつくられた、長さ105メートルという日本一長い足湯「ほっとふっと105(いちまるご)」である。ここには無料の蒸釜(むしがま)が設置されており、多くの人が持参した新鮮な野菜や卵を蒸し、海辺で楽しいひとときを過ごしていた。
 火山活動の恵みは温泉だけではない。現在見られる島原市内の湧水の多くは、1792年の雲仙岳噴火に伴う群発地震による地殻変動によって誘発されたものだといわれている。島原市内では、毎日22万トンものきれいな水が湧き出ている。街のいたるところに水飲み場があり、かつて生活用水として使用されていた用水路には1000匹余りの鯉が放流されている。美しい水の都は、火山が生み出した大いなる恵みだったのである。