フッ化物応用についての総合的な見解

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※平成11年11月1日に医療環境問題検討委員会フッ化物検討部会が日本歯科医学会会長へ答申した内容の全文

はじめに

日本歯科医学会医療問題検討委員会フッ化物検討部会は日本歯科医学会斉藤毅会長の要請を受け、平成10年1月22日、第一回の委員会が開催された。以来、平成11年10月8日までに9回の会議を開催し、「フッ化物応用についての総合的な見解」をまとめるべく検討を重ねてきた。まず、斉藤会長より本部会の設立に至った経緯の説明を受け、日本歯科医学会としてフッ化物応用についての見解をまとめることが極めて重要であるとの認識に基づき、フッ化物応用のこれまでの経緯と現状、さらにその効用、安全性、作用機序に関する科学的な情報を収集、整理することを目標として活動し、平成11年5月に中間答申を提出した。

本部会は、この中間答申を骨子として、さらに検討を重ねた結果、齲蝕予防を目的としたフッ化物の応用は、わが国における地域口腔保健向上への極めて重要な課題であることをあらためて確認した。また、その膨大な研究情報を基にその有効性と安全性が確認された。

こうした状況に鑑み、日本歯科医学会医療環境問題検討委員会フッ化物検討部会は、以下の2点の推奨を結論とする最終答申を提出することになった。すなわち、1)国民の口腔保健向上のためフッ化物の応用を推奨すること、2)わが国におけるフッ化物の適正摂取量を確定するための研究の推進を奨励すること、である。 新たな世紀を迎えるにあたって、本フッ化物検討部会は、わが国における今後の重要な課題として、Evidence-Based Medicine および Evidence-Based Oral Health Care に基づいたフッ化物応用の推進を提言する。本答申がこうした問題提起の第1歩となり、口腔保健医療専門職のフッ化物応用の推進に対する合意の形成と確立を図り、フッ化物応用による口腔保健の達成を現実のものとし、ひろく国民の健康の保持増進に貢献できることを期待する。

 

目次

要約

1.口腔保健とフッ化物応用

2.齲蝕予防とフッ化物応用の重要性
1)フッ化物応用の歴史
2)ライフサイクルと齲蝕予防
3)フッ化物応用と公衆衛生的特性
4)歯学生に対するフッ化物の教育

3.フッ化物と健康
1)飲食物からのフッ化物摂取量
2)フッ化物の全身的影響
  (1)フッ化物の急性中毒
  (2)フッ化物の慢性的影響
  (3)フッ化物の骨への作用
3)歯のフッ素症

4.歯周病と全身への影響
1)フッ化物の齲蝕予防メカニズム
2)フッ化物の局所応用
  (1)フッ化物歯面塗布
  (2)フッ化物洗口
  (3)フッ化物配合歯磨剤
  (4)ッ化物配合修復材
3)フッ化物の全身応用
  (1)水道水フッ化物添加およびその他の応用法
  (2)ッ素の適正摂取量:AI (Adequate Intake)

5.今後の課題

6.推奨

主な参考文献

要約

フッ素は自然環境に普遍的に存在する元素であり、われわれの生活環境や飲食物にあまねく存在する。こうした自然のフッ化物と口腔保健に関する研究は、20世紀初頭の歯のフッ素症(斑状歯)の発見以来、今日でほぼ一世紀、齲蝕予防のためのフッ化物応用として展開され、水道水フ化物添加が実施されてからもゆうに半世紀が経過している。その間、水道水フッ化物添加に関して1969年、1975年および1978年に世界保健機関(WHO)から実施勧告が出され今日に至っている。

フッ化物の過剰摂取による影響として、大量摂取による急性中毒、慢性的な過剰摂取による歯のフッ素症や骨フッ素症を引き起こすことが知られている。しかしながら、これまでの疫学的研究や実験的研究において骨肉腫をはじめとする癌の発病率や死亡率、先天奇形に対する影響についてもフッ化物摂取との関係は示されていない。歯の形成期に過剰のフッ化物を継続的に摂取したときに歯のフッ素症が発現するが、上水道の普及が進んだ現在の日本では、天然のフッ化物含有飲料水による歯のフッ素症の発現はほとんどその例をみない。また、今日、わが国のフッ化物応用はいずれも局所応用であり、適正な応用で歯のフッ素症が発現することはない。通常の齲蝕予防のために適正に使用されるフッ化物によって健康状態に悪影響を及ぼすことは認められていない。

齲蝕は、エナメル質表層で絶えず繰り返される脱灰と再石灰化のバランスが崩れ、脱灰が優勢になったときに発生する。初期の脱灰病変では、適切なフッ化物応用により再石灰化が促進され齲窩の形成を回避できることが分かっている。フッ化物の多面的な働きのうちで、再石灰化速度を高め、脱灰速度を抑える作用機序がもっとも重要とされる。

フッ化物の局所応用には、フッ化物歯面塗布と学校等や家庭で行うフッ化物洗口やフッ化物配合歯磨剤の使用などがある。これらのフッ化物局所応用は、齲蝕多発期にある幼児期や学童期はもとより、成人・高齢者にも優れた齲蝕予防効果を発揮する。天然の飲料水中フッ化物の齲蝕予防効果と安全性の確認から展開してきた水道水フッ化物添加は、優れた公衆衛生手段の一つである。臨床で使用するフッ化物を含有する修復物は、硬化後もフッ素徐放性を有し、修復剤に接する歯質の耐酸性を向上させて二次齲蝕の発生を少なくする。

1989、米国学術会議によりフッ素の適正摂取量と摂取許容量が提示された。これは天然あるいは人為的なフッ化物含有飲料水地域に居住する人々の歯や全身の保健状況から検討され設定されたもので、齲蝕予防のためのフッ素の適正摂取量と、歯のフッ素症あるいは骨フッ素症防止のための摂取許容量を示したものである。また、最近では、国際歯科連盟(FDI)により小児の齲蝕予防のためのフッ素推奨投与量が示されている。これは至適フッ素濃度以下の飲料水を使用している地域において齲蝕予防のためフッ化物の全身投与する際のフッ素推奨投与量を示したものである。

このように、今日ではフッ化物の応用は、その有効性と安全性が確認され、世界各国において実施されている。こうした各種の公衆衛生的なフッ化物応用法の普及は、わが国において今後の地域口腔保健向上への重要な課題である。

歯科大学あるいは大学歯学部では、将来、臨床や公衆衛生の現場で、適切なフッ化物応用を積極的にすすめるカリキュラムの設定が望まれる。また、口腔保健医療専門職は、フッ化物応用に対して常に最新の正確な知識を基に、齲蝕予防におけるフッ化物の応用について、一般の理解の向上のために積極的なイニシアチブをとり、フッ化物応用による口腔保健の向上を現実のものとし、口腔保健医療に対する信頼を高め、ひろく国民の健康の保持増進に貢献できることが期待される。

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1.口腔保健とフッ化物応用

8020運動は、その考えが提唱されて以来、あらためて口腔保健の重要性を国民各層に周知させる一助となった。高齢社会に突入したわが国において、8020の達成はいまや国民のQOL向上を願う保健医療の課題として、口腔保健医療専門職の大きな責務となっている。

生涯にわたって歯を保持するために、齲蝕予防ならびに歯周疾患の予防がもっとも重要な事柄であることは異論のないところである。中でも、齲蝕はわが国における抜歯の第一の要因としてあげられ、その結果は口腔機能の大きな減退をもたらすものとして、広く認識されている。

わが国においても、多年にわたる口腔保健医療関係者により、これまで齲蝕予防を目的として多大な努力が払われてきた。甘味食品の適正摂取やブラッシング指導をはじめとする生活習慣の是正についての保健教育が永年にわたり実施されてきたし、また、学校歯科保健における齲蝕処置の勧奨は、学齢期における処置率向上に大きく貢献した。しかしながら、齲蝕予防の成果は他の先進諸国と比較してはかばかしくなく、今日に至っても国民の口腔保健の状況は良好とはいえない。それに加えて最近では、一般の疾病治療の効果に関する様々な保健上の限界が指摘され、また、健康増進への強い希求もあり、EvidenceBased Medicine に基づく効果的な疾病予防指向の対策が望まれるようになっている。

近年、欧米やオセアニア諸国などの先進諸国から、国や地域レベルで齲蝕予防の成果が続々と寄せられるようになった。そこでは、米国やオセアニア諸国における地域単位の水道水フッ化物添加、欧州の学校保健(School Based)におけるフッ化物洗口、そして世界のほとんどの国での広範なフッ化物配合歯磨剤の普及を中心とした、公衆衛生的なフッ化物の応用が、その最も大きな要因となっている。

一方、わが国では、齲蝕予防の重要性とそれに対するフッ化物応用に関する科学的理解や認識、また、その伝達が十分とはいえない状況で推移してきた。その結果、今日に至っても、口腔保健医療専門職のフッ化物応用に対する消極的な姿勢と行動がみられ、一般社会に対してはもとより、歯科医学以外の学術分野における研究者、保健医療従事者、あるいは保健活動にかかわる人々に対して、齲蝕予防の重要性と有効なフッ化物応用に関する情報の発信が十分になされてきたとはいえない。

こうした状況に鑑み、日本歯科医学会医療環境問題検討委員会フッ化物検討部会では、世界各国における信頼すべきフッ化物応用に関する基礎的研究、疫学的、臨床的研究ならびに公衆衛生学的調査に基づいた情報を総覧した結果、国内外において、フッ化物の応用は口腔保健向上のため重要な役割を果たしていることを確認した。さらに、高齢社会を迎えるにあたって、本課題は生涯にわたって達成する必要のある国民の保健上の重要課題として認識するに至った。また、各種のフッ化物応用に関する有効性、安全性、至便性、経済性について検討した結果、わが国において推奨されるべき主要なフッ化物応用法とその特性を提示するとともに、近い将来において整備されるべき諸条件についても検討し、ここに提言する。

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2.齲蝕予防とフッ化物応用の重要性

1)フッ化物応用の歴史

フッ化物と口腔保健に関する歴史を総覧すると、その疫学研究の発展過程は、20世紀初頭の1901年、イタリアのナポリ周辺地域にみられた歯の異常、いわゆる斑状歯の発見に端を発する。その後、米国の各地において系統だって行われた、飲料水中のフッ化物と口腔保健に関する疫学的研究の結果、1935年頃には飲料水1L中に1mgのフッ素イオン濃度、すなわち1ppm 前後の地域では臨床上問題となる斑状歯もなく、齲蝕がきわめて少ないことが判明した。自然の状態で種々のフッ素イオン濃度の飲料水で生活してきた住民の歯や全身の健康に関する詳細なデータを分析することによって、フッ化物と人の健康に関わる疫学的事実が見いだされたのである。

こうした疫学研究の結果に基づいて、人為的に飲料水にフッ化物を添加しようとする試みが、1945年、米国のグランド・ラピッズにおいて開始され、以来、この公衆衛生手段は米国を中心に国際的な広がりを見せている。こうした水道水フッ化物添加の普及は、当然の帰結として他のフッ化物応用方法の研究を押し進めることになった。フッ化物歯面塗布、フッ化物洗口、フッ化物錠剤、フッ化物配合歯磨剤など、今日、国際的にも広く普及している各種のフッ化物応用法が開発されるに至った。

日本では京都市山科地区での13年間にわたる水道水フッ化物添加の経験があり、疫学的に有意な齲蝕予防効果が得られたが、研究期間の終了とともに中止されている。フッ化物錠剤は現在日本では製品がない。学校などの集団で行うフッ化物洗口の参加者数は年々増加し、1998年の調査では39都道府県の1,934施設における約22万人の実施となった。この2年間で約23,000人余りの増加をみたが、全国的にみると未だ必要とする学童数の2%に満たない。フッ化物配合歯磨剤は1998年には全歯磨剤販売量に対する割合が69%に達したが、他の先進諸国に比べると20年程の遅れである。

2)ライフサイクルと齲蝕予防

歯は、萌出後の数年間が最も齲蝕感受性が高く、積極的な齲蝕予防対策が講じられなければならない。乳歯の萌出から永久歯列完成までの期間、すなわち、乳幼児期から15歳までが齲蝕予防の最も重要な期間である。この時期に学校保健ベース(School Based)のフッ化物洗口など適切なフッ化物応用を実践したグループでは、成人期に至っても約50%の齲蝕抑制効果の持続が観察されている (1)。

表1は、ライフサイクルとフッ化物応用についての場面別、年令群別での適切なフッ化物応用方法を示したものである (2)。とくに家庭でのフッ化物応用と保育所・幼稚園および小学校・中学校での集団フッ化物洗口法の普及が望まれる。

健全歯の育成は、歯の喪失のリスク低下に最も大きく貢献する。齲蝕に罹患した歯の多くは保存的修復処置を受けるが、処置を繰り返し受けながら抜歯に至るケースが少なくない。さらに、修復物が歯周疾患のリスク・ファクターとなるケースも見られ、また、隣接歯を抜かれた歯の喪失リスクも上昇することから、齲蝕が歯の喪失原因として関与する割合はさらに高くなる。このように、未成年期の齲蝕予防は8020達成への最大の鍵と考えられている。

表1.ライフサイクルとフッ化物応用

  出生 保育園・幼稚園 小学校・中学校 高校 成人 老人
年齢 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15,16,17 18歳から59歳 60歳から64歳 65歳以上
場面 家庭   フッ化物配合歯磨剤、フッ化物スプレー
        家庭でのフッ化物洗口
歯科医院
市町村保健センター等
        フッ化物歯面塗布
保育所・幼稚園       フッ化物洗口
(保育所・幼稚園で)
                         
小学校・中学校         フッ化物洗口
(小学校・中学校で)
       
地域全体 水道水へのフッ化物調整(添加)(※日本では実施していない)

*文献(2)を一部改編.**わが国では実施されていない

3)フッ化物応用と公衆衛生的特性

フッ化物応用による齲蝕予防の大きな特徴はその優れた公衆衛生的特性にある。その確実で高い齲蝕予防効果、飲料水や食物に含有される自然のフッ化物の日常的な摂取経験からみた安全性の保証、さらに高い費用便益率(Cost-Benefit Ratio)が明らかな経済上の優れた公衆衛生的特性である。これらの特性からフッ化物応用による齲蝕予防は、国際的に地域単位や 学校保健で広くとり上げられ、公衆衛生的な応用が優先されている。地域単位で行われる保育所や小・中学校で集団応用されるフッ化物洗口などは、フッ化物応用による齲蝕予防方法の重要な側面となっている。

4)歯学生に対するフッ化物の教育

歯学生に対するフッ化物の教育は、将来、個人および地域集団を対象に歯科疾患の予防を実践する基盤となり、さらに保健教育を通して地域住民の口腔保健の向上に大きく影響する。

歯科大学あるいは大学歯学部における教育では、フッ化物に関する学習の機会を増やし、さらに理解を深める必要がある。具体的には、自然界のフッ化物、フッ化物の組成、使用・管理方法、再石灰化の仕組みとフッ化物の役割、初期齲蝕の自然治癒機序、歯のフッ素症の発症機序、急性および慢性中毒、フッ化物と骨代謝を含む全身的影響など、多岐にわたる内容についての学習が要求される。

また、将来、臨床や公衆衛生の現場で、個人や集団に対する適切なフッ化物応用のための啓発活動を積極的にすすめていくことを可能にするカリキュラムの設定が望まれる。その際、フッ化物に関する疫学的研究による効果および安全性の考察とフッ化物応用の優れた公衆衛生的特性を理解するための教育は効果的である。フッ化物の応用が広範に啓発され、実施されている諸外国の例を参考に今後検討していく必要性があろう。

フッ化物に関する教育は、最近の現状調査から見ると、各大学における予防歯科学・口腔衛生学・小児歯科学・保存修復学・生化学・薬理学・細菌学・病理学など複数の講座で担当しているところが少なくないが、これらの教育が連携して進められているという情報に乏しい。そこでは、同一主題に対して相反するメッセージが伝えられたり、重要な保健理念に欠落があってはならない。そのためには、いわゆるテーマ別講義の形態の中で、関連する講義担当者間の十分な検討と連携を基に、教育が実施されるべきである。

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3.フッ化物と健康

1)飲食物からのフッ化物摂取量

フッ素は自然環境に普遍的に存在する元素であり、われわれの生活環境や飲食物にあまねく存在する。したがって、飲食物からの一日当たりのフッ化物総摂取量は、フッ化物の所要量あるいは安全性を考える上で重要である。

これまで、わが国の飲食物からのフッ化物摂取量に関しては約20の研究報告がある。しかし、それぞれの報告で各食品のサンプリング方法および分析方法の相違もあって、1日の総摂取フッ化物量には報告間で差がみられる。現在の日本人のフッ化物総摂取量がどの程度であるかは、フッ化物の全身応用の場合のみならず、局所応用を実施する際の安全性の考察においても有用な情報となる。日本人の飲食物からのフッ化物摂取量は他の先進諸国とほとんど差が認められないとする報告もあるが、総合的な調査研究によって今後、確認する必要があろう。

一般に、フッ化物の経口摂取源は、飲料水、食品そしてフッ化物製剤(フッ化物配合歯磨剤、フッ化物洗口剤、フッ化物錠剤など)などである。この場合、飲料水は摂取量が多いばかりでなく、食品の調理や加工にも用いられ、そのフッ素イオン濃度は摂取食品のフッ化物濃度に直接影響を与え、フッ化物総摂取量を左右する。一方、食品中のフッ化物は、飲料水中のイオン性のフッ素とは生物学的利用能(bioavailability)が異なり、また、個々の食品によって吸収率の違いもあって、摂取量すべてが生体に有効に働くわけではない。吸収速度が緩慢であれば血中濃度の上昇の程度も低く、その作用も緩慢となる。食物中に天然に存在するフッ化物による歯のフッ素症の発生は認められないし、その濃度の差による齲蝕罹患率の差も疫学的には認められていない。“齲蝕予防のためには飲食物から摂取するフッ素の内、60%は飲料水からの摂取が必要である”とするWHO見解がある。また、フッ化物製剤による標準的な各種のフッ化物局所応用法では、実施後の口腔内残留フッ化物量が多くの研究報告によって確認されているが、いずれも比較的少量である(3)。

したがって、フッ化物総摂取量に最も大きく影響するのは飲料水であり、そのフッ素イオン濃度である。したがって、現実的にはフッ化物投与の安全性の根拠は、至適フッ素濃度地域の人々の飲料水からのフッ化物摂取量に求められることになる。実際、フッ化物錠剤、食塩およびミルクのフッ化物添加などの全身応用を採用している国(地域)では、これらの方法からのフッ化物摂取量が至適フッ素濃度地域に居住する人々の飲料水からの摂取量と同等になるように、その地域の天然の飲料水中フッ素イオン濃度や対象年齢に応じて、フッ化物の投与量が設定されている (4)。

2)フッ化物の全身的影響

経口的に摂取されたフッ化物は、とくに水溶液の場合、そのほとんどが胃または小腸から速やかに吸収され、血中に移行し、骨や歯などの石灰化組織に蓄積され、残りは腎臓を介して尿中に排泄される。また一方、骨中のフッ化物の大部分は不可逆的に骨に結合しているのではなく、可逆的な備蓄プールを形成し再び血中に移行する。

フッ化物の健康に対する影響は、その摂取量による。フッ化物の過剰摂取による影響として、一度にフッ化物を大量摂取することにより、急性中毒を生じ、また、慢性的に過剰摂取していると、歯のフッ素症や骨フッ素症を引き起こすことが知られている。

(1)フッ化物の急性中毒

通常、齲蝕予防に使用されるフッ化物洗口、フッ化物配合歯磨剤、あるいは至適濃度の飲料水の摂取で急性中毒をおこすことはあり得ない。致死量は 70kgの成人の場合フッ化ナトリウムで 5-10gNaF(32-64mgF/kg)、体重 20kg の小児(5、6歳)では1.5-3gNaF(9.6-19.2mgF/kg) 程度である。急性中毒を生じる見込み中毒量の最低量は5mgF/kgとされている。

これはフッ化物洗口剤を例とすると、体重20kgの小児(5、6歳)の場合、一日一回法の洗口剤(0.05%NaF)で430mL(約70人分)に含まれるフッ素量に相当する。洗口剤の場合、一回の処方、或いは一包装に含有するフッ素量の上限を米国案である120mgF(歯磨剤では300mgF)とすることが、国際標準化機構(ISO)の専門委員会では有力である。なお、本邦において認可されている製品はこの基準を満たしている。

(2)フッ化物の慢性的影響

通常の齲蝕予防に使用されるフッ化物量によって全身の健康状態に悪影響を及ぼすことは考えられない。血液、肝臓、腎臓に対する影響はない。通常の齲蝕予防と比較して骨粗鬆症治療薬として大量のフッ化物が経口投与された場合にも胃腸障害、骨関節痛以外の重篤な副作用は報告されていない。その他、これまでの疫学的研究や実験的研究において骨肉腫をはじめとする癌の発病率や死亡率とフッ化物は関係しない。先天奇形に対する影響についても、疫学的研究によってフッ化物との関係はないとされている (5)。

(3)フッ化物の骨への作用

最近、フッ化物と骨との関連について多くの研究報告がなされ、新たな知見が得られている。この中で、とくに注目を集めているのがフッ化物による骨粗鬆症の治療に関するものと、飲料水中フッ素濃度と股関節部骨折や骨密度との関連に関するものである。

骨のフッ素症は、フッ化物の過量摂取による慢性中毒症として歯のフッ素症以外に唯一、疫学的に確認されている疾患である。骨フッ素症は毎日20-80mgのフッ素を10年から20年以上摂取した場合に生じると言われている。世界的にみると一部の地域に骨フッ素症の報告があるが、いわゆる地方性フッ素症として、非常に高温で多量に飲料水を飲用する地域であることや、栄養不良やカルシウムの摂取不足などの環境要因に関係してるという。熱帯地域以外で飲料水のフッ素イオン濃度が4ppm以下の地域で臨床的に問題となる骨フッ素症が生じたという報告はない (6)。

3)歯のフッ素症

歯の形成期に過剰のフッ化物を継続的に摂取したとき、歯のフッ素症が発現する。その程度は、摂取される飲料水のフッ素イオン濃度に依存しており、その症状は通常検知できない軽微なものから明らかに審美上問題のあるものまで様々である。

現在日本では、水道法による水質基準でのフッ素イオン濃度は0.8mg/L(0.8 ppm)以下と定められ、また、水道の普及率が 96%を超えていて井戸水の使用も少ないことから、審美上問題となる歯のフッ素症の発現はきわめて稀である。また、現在日本で齲蝕予防に用いられているフッ化物応用はいずれも局所応用であり、適正な応用で歯のフッ素症が発現することはない。

歯のフッ素症は次のように定義される。[1]歯の形成期、殊に歯の石灰化期間中に、[2]過剰量のフッ化物を、[3]継続的に摂取していた場合、主としてエナメル質に生ずる歯の形成障害である。これに関連して、以下に、これら3点に関する各フッ化物局所応用法について考察をする。

[1]フッ化物洗口法について、エナメル質の石灰化時期との関係でみると、永久歯の歯冠部の石灰化時期は出生直後から8歳頃までであるが、そのうち前歯歯冠部の石灰化は出生の3、4か月から始まり6歳までに完了する。フッ化物洗口法は継続的に行われるが、応用開始が4歳以降であり、前歯歯冠部の石灰化時期との重なりは少ない。

[2]フッ化物洗口法について、フッ化物の過剰摂取の観点から見ると、洗口によるフッ化物の口腔内残留率は10-15%程度であり、毎日法(0.05%NaF 水溶液)および週1回法(0.2%NaF水溶液)でのフッ素の口腔内残留量はそれぞれ0.16mgFおよび0.95mgF程度となる。この場合の量ならびに頻度から考えて、歯のフッ素症は生じない。
フッ化物配合歯磨剤(フッ素イオン濃度1,000ppm)では、比較的少量(約0.25g)の歯磨剤を使用して歯磨きした場合、フッ素量として0.25mg程度であり、歯磨き後のすすぎでフッ化物の口腔内残留量を30%として約0.08mg と少量である。これらの残留フッ素量と歯のフッ素症を発現させる過剰量とでは大きな隔たりがある。
フッ化物スプレーはフッ素イオン濃度が100ppmと低く、1回の使用量が 0.2ml程度、フッ素として0.02mgと使用量もきわめて少ないので問題とならない。

[3]フッ化物歯面塗布について、塗布法は薬液が9,000ppmFとかなり高濃度であり、1回のフッ素使用量も20-30mgと局所応用法としては抜群に多い。しかし、塗布法は年2回から4回の頻度で行われるもので“継続的なフッ化物投与”には該当しない。
従来、これらの症例は「斑状歯」「歯牙フッ素症」などと呼ばれていたが、平成4年の日本歯科医学会学術用語集で「歯のフッ素症」「フッ素症歯」という名称に統一された。

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4.フッ化物応用による齲蝕予防

1)フッ化物の齲蝕予防メカニズム

齲蝕予防についての基礎的な理解を深める観点から、フッ化物の齲蝕予防のメカニズムについての理解は重要である。齲蝕は、エナメル質表層で絶えず繰り返される脱灰と再石灰化のバランスが崩れ、脱灰が優勢になったときに発生すると考えられている。また、初期の脱灰病変は、適切な予防処置により再石灰化が促進され齲窩の形成を回避できることが分かっている。最近、歯科検診において鋭利な探針の使用を避けることが勧められる傾向にあるが、これは初期脱灰を受けたエナメル質を壊すことなしに、再石灰化による修復を期待しての処置である。

齲蝕予防にとってのフッ化物の多面的な働きのうちで、現在のところ、再石灰化速度を高め、脱灰速度を抑える動力学的な作用機序がもっとも重要と考えられている。溶液中に遊離状態にあるフッ素イオンは0.1-1ppmの濃度域でも、歯質アパタイトの溶解反応を抑え、再石灰化反応を促す作用を発揮する。再石灰化反応によって沈殿してくるフルオロアパタイトは、元の歯質アパタイトより化学的に安定(溶解性が低い)であり、その後の酸の侵襲に対しても抵抗性を持つようになる。エナメル質の萌出後の成熟として知られる歯質耐酸性の向上も、同様の再石灰化反応によって獲得される。口腔内環境において問題となるのは、フッ素イオンが再石灰化反応にともなって容易に溶液相から結晶相(フルオロアパタイト)へと移行し、有効なフッ素イオン濃度を持続的に維持するのが困難なことである。そのため、齲蝕予防と再石灰化の促進に向けたフッ化物の応用においては、口腔内の歯面局所への低濃度フッ素イオンの持続的な供給がキーワードとなっている。歯面塗布や洗口で100ppmあるいはそれ以上のフッ素イオン濃度を使用すると、歯面表面ではフッ化カルシウム(CaF2)の沈殿が起こる。沈殿したCaF2はゆっくりと溶解し、フッ素イオンが放出される。とくに、リン酸イオンを多量に吸着したCaF2粒子は溶解しにくく除放性のフッ化物担体として作用することが期待されている。これらの歯質に対する効果に加えて、高濃度のフッ素イオンは細菌の解糖系酵素(エノラーゼ)を抑制する作用をもち、齲蝕原性細菌の付着や定着を抑制すると考えられている。また、フッ化物は歯垢中に有機質や無機質との結合型フッ化物として貯蔵されるが、細菌の酸産生により歯垢のpHが低下すると歯垢中の貯蔵性フッ化物からフッ素イオンが放出され、エナメル質表層の初期脱灰部のフッ素イオン濃度が高まり再石灰化が促進されるという重要な役割を果たす(7)。

2)フッ化物の局所応用

フッ化物局所応用には、歯科医師や歯科衛生士などが診療施設で行うプロフェッショナルケアーであるフッ化物歯面塗布と、学校等での集団応用法や家庭で行う自己応用法であるフッ化物洗口やフッ化物配合歯磨剤の使用がある。国際歯科連盟(FDI)による1984年および1990年版(FDI Basic Fact Sheets)の資料(8)によれば、フッ化物水溶液による歯磨きとフッ化物洗口は81か国、フッ化物配合歯磨剤は97か国、フッ化物錠剤は67か国およびフッ化物歯面塗布は84か国に普及しているという。

これらのフッ化物局所応用は齲蝕多発期にある幼児期や学童期の咬合面齲蝕はもとより、成人・高齢者の隣接面齲蝕や歯根面齲蝕にも優れた予防効果を発揮する(9)。これらの再石灰化作用は、より長期間のフッ化物応用によって、歯質表面や齲蝕による侵襲を受けた部分にフルオロアパタイトが生成されたり、結晶性が改善されたりして耐酸性が増加する。

(1)フッ化物歯面塗布

フッ化物歯面塗布は、歯科医師または歯科衛生士が臨床の場で個人を対象に行うフッ化物応用法であるが、最近では幼児に対する公衆衛生的事業として市町村レベルで実施しているところもある。エナメル質表面に比較的高濃度のフッ化物溶液(2%NaF、9,000ppmF、2-3ml)が作用することによって、一時的にフッ化カルシウムの沈着がおこり、その後、徐々にエナメル質表層にフルオロアパタイトが生成され、歯質の耐酸性が増加することを期待する方法である。通常、年に2回から4回塗布を行うが、齲蝕リスクの高い対象者にはさらに回数を増やす必要がある。

フッ化物歯面塗布は、臨床的に歯科専門職が直接行う唯一のフッ化物応用法であるという特性を生かし、対象者の来院時に歯科健診や保健指導を実施できる良好な機会ととらえて、定期的な来院が実行可能になるよう保健教育を行うことが重要である。定期的応用ができず、塗布の頻度が低いときは齲蝕予防効果はほとんど望めない。

(2)フッ化物洗口

フッ化物洗口は萌出後の歯のエナメル質表面に比較的低濃度のフッ素を頻回作用させることを主眼としたフッ化物局所応用法である。保育所や幼稚園、学校等で集団的に応用できる点が大きな特徴であり、本人が行う自己応用法であることから保健教育効果も期待できる。また、最近では歯科医師の指導に基づいて家庭内で行うフッ化物洗口も増加している。方法は簡便で、齲蝕予防効果に優れ、安全性が高く、費用便益率も高いなど、現在わが国で実施できるフッ化物応用法のうち最も公衆衛生的特性に優れた方法として位置づけられている。

フッ化物洗口法は表1に示すように、4歳児から老人まで広く適用される方法であるが、とくに永久歯エナメル質の成熟が進んでいない4歳から15歳までの保育所や幼稚園、および小・中学校の義務教育期間に実施することが齲蝕予防対策として最大の効果をもたらす。このうち4歳から6歳の保育所や幼稚園での実施は、わが国の学童期における齲蝕有病率が最大の第一大臼歯の齲蝕予防を可能とするため、きわめて重要な施策となる。現在、わが国の学校などで行われているフッ化物洗口への参加児童数は22万人余りであるが、その約20%が保育所や幼稚園などの就学前児童である。

これに関連して、WHOは1994年、就学前児童の場合、フッ化物洗口は推奨できないとした(10)。正しい洗口ではフッ素イオンの口腔内残留量は少量であり、歯のフッ素症の原因にはならないが、他の経路から摂取されるフッ化物の総量に影響を与えるかもしれないとの理由からである。その背景としては、基本的には水道水フッ化物添加地域において洗口液を毎回全量飲み込む場合を想定したもので、わが国の状況とは異なるものであった(11)。事実、わが国で最近行われた、大規模な保育所児を対象としたフッ化物洗口による口腔内フッ化物残留量に関する臨地調査で、平均口腔内フッ素残量は0.2mgF以下であり、フッ化物洗口液の全量(1.0-1.4mgFを含む)を飲み込んだ児童は皆無であった(12)。なお、この場合の平均口腔内フッ素残量 0.2mgFは、国際歯科連盟 (FDI)(13)によるこの年齢層に対する齲蝕予防のための1日のフッ素推奨投与量である0.5mgFの半量に満たないものであった。

フッ化物洗口の標準的な方法は、保育所や幼稚園など園児では毎日行う1日1回法(フッ化ナトリウム濃度0.05%(=フッ素イオン濃度225ppm)、洗口液量5-7ml)であり、小、中学生では週1回法(0.2%NaF(=900ppmF)、10ml)である。家庭では毎日1、就寝前のブラッシング後に実施するのがよい。洗口の方法はとくに技術を必要としないが、フッ化物洗口はフッ化物の経口摂取を目的とするものではないことから、幼児では事前に水で練習をさせ、飲み込まずに吐き出せることを確かめてから開始すべきである。また、洗口後30分程度は洗口や飲食を慎ませる方がよい。

 (3)フッ化物配合歯磨剤

フッ化物配合歯磨剤を使用することは、無歯顎者以外のすべての人々の口腔保健の向上に寄与する。効果をあげるためには、フッ化物配合歯磨剤の使用後に再石灰化の促進に必要な濃度のフッ素イオンを保持することが必要なため、使用する歯磨剤の量が少なすぎたり、使用後に洗口しすぎないようにするのがよい。したがって、口腔保健医療の専門家はフッ化物配合歯磨剤について指導する際に、その使用を奨励するだけでなく、使用法についても言及すべきである。

フッ化物配合歯磨剤(フッ素イオン濃度1,000ppm)は、少量使用し、歯磨き後、水で洗口したときのフッ素の口腔内残留量は微量であり、これらの残留フッ素量は歯のフッ素症を発現させる過剰量となることはない。しかし、ブラッシング中に歯磨剤を過量に飲み込んだり、使用後の洗口が十分にできない年齢の子どもや、これらの能力に欠ける障害者や高齢者などでは、1回の歯磨きに使用する歯磨剤を過剰にならないよう注意することが必要であろう。水道水フッ化物添加をはじめフッ化物応用が広範囲に普及している米国では、各種フッ化物を複合使用する際の過剰症についての検討がなされているが、米国においてはこの問題の最大のものはフッ化物配合歯磨剤の幼児による誤食、誤飲であるという。

最近、日本において開発された新しいフッ化物応用法にフッ化物スプレーがある。フッ化物スプレーはフッ化物水溶液(フッ素イオン濃度100ppm)を噴霧状態にして歯に直接作用させるもので、家庭での個人応用を目的にしたものである。この方法は、その術式上、使用法が簡単で1回のフッ素使用量が0.02mg程度ときわめて少ないので、安全上は全く問題とならない。しかし、使用するフッ化物量が少ないので、効果をあげるためには頻回の使用を必要とする。フッ化物配合歯磨剤の使用やフッ化物洗口もままならない幼児や障害者、高齢者には利用価値が高いと考えられる。

(4)フッ化物配合修復材 (14-16)

フッ化物を含有する修復物を使用した場合、二次齲蝕発生が少ないことは従来から知られていた。この代表的な修復材として古くはケイ酸セメントが、今日ではグラスアイオノマーセメントがあげられる。フッ化物はグラスアイオノマーセメントの粉末成分のフルオロアルミノシリケートグラス中に含有され、硬化反応時、すなわち、酸ー塩基反応時に遊離してマトリックス中に放出される。マトリックス中のフッ素イオンはセメントの硬化後も拡散し、修復物と接する歯質中に取り込まれて局所の耐酸性を向上させる。硬化したグラスアイオノマーセメントのフッ素徐放量は経時的に低下するが、フッ化物の局所応用、例えばフッ化物配合歯磨剤や、フッ化物による洗口、歯面塗布などの局所応用の際にフッ素を取り込んで再び徐放する、所謂リザボア(貯蔵庫)として機能を有することが示されている。さらにグラスアイオノマーセメントは抗齲蝕性だけでなく、修復物に隣接した脱灰象牙質を高度に再石灰化させることも報告されている。

近年フッ素徐放性の特質を持ったグラスアイオノマーセメントの長所を活かしつつ、理工学的な諸性質を改良したレジンモディファイド・グラスアイオノマーセメント、コンポマーなどが開発、市販されている。また、グラスアイオノマーセメントより諸物性に優れているコンポジットレジン修復システムのボンディング材やコンポジットレジンにフッ化物を入れフッ素徐放性を期待した製品も市販されている。これら修復材のフッ素徐放量は従来型グラスアイオノマーセメントに比較して少ないが、接着界面における歯質へのフッ素の拡散は1年以上の長期に及び、歯質中のフッ素濃度も上昇するとされている。二次齲蝕予防に有効なフッ素徐放量やその特性に関する確かなデータは未だ十分には得られていないが、「フッ素徐放性」は今後修復材選択に際してのキーワードになると考えられる。

3)フッ化物の全身応用

 天然の飲料水中フッ化物の齲蝕予防効果と安全性の確認から展開してきた水道水フッ化物添加は、人類がかつて経験した最も大規模かつ優れた公衆衛生手段の一つであり、給水地域の総ての人々に有効で、簡便、安全、公平であり、費用便益率の高い点が挙げられている。

(1)水道水フッ化物添加およびその他の応用法

国際的状況をみると、国際歯科連盟(FDI)は1964年、「水道水フッ化物添加は齲蝕の発生を安全かつ経済的に抑制する手段として、現状における最も有効な公衆衛生的施策であり、全ての関係当局にこれを推奨すべきこと」を決議した(17)。WHOは1969年(18)、1975年および1978年に、加盟各国に対して齲蝕予防のためフッ化物応用に向けての勧告を行った。勧告の主旨は「水道水フッ化物添加を検討し、実行可能な場合にはこれを導入すること、不可能な場合にはフッ化物の他の応用方法を検討すること」であった。

英国水道水フッ化物添加協会の1998年の報告(19)によれば、シンガポール、香港、コロンビア、アイルランド、オーストラリア、ニュージーランド、米国など世界36カ国で水道水フッ化物添加が実施されている。その給水人口は3億1,700万人であり、1984年のFDIの報告からの14年間の増加率は30%ほどと算出されている。

その他、水道施設が十分に普及してなかったり、実用面、技術面、その他の理由から、水道水フッ化物添加の代わりに地域単位での食塩へのフッ化物添加がドイツ、フランス、スペイン、メキシコなど16か国で実施されている。この他、フッ化物錠剤(または液剤)が67か国で利用されている。

(2)フッ素の適正摂取量:AI(Adequate Intake)

最近、米国学術会議のInstitute of Medicineによりフッ素の適正摂取量:AI(Adequate Intake)と摂取許容量:UL(Tolerable Upper Intake Level) が提示された(20)。これは天然あるいは人工的なフッ化物含有飲料水地域に居住する人々の歯や全身の保健状況から見積もられたもので、人が摂取する飲食物中の全フッ化物量について、各年齢層別に一日当たりの齲蝕予防のためのフッ素の適正摂取量AIと歯のフッ素症あるいは骨フッ素症防止のための摂取許容量ULを示したものである。例えば、1歳から3歳(体重13kg)では齲蝕予防のための適正摂取量:AIは0.7mg/day、歯のフッ素症防止のための摂取許容量:ULは1.3mg/dayとされ、同様に9歳から13歳では適正摂取量:AIは2.0mg/day、摂取許容量:ULは年令から見て歯のフッ素症の心配がないので骨フッ素症防止のための10mg/dayが提示されている。いずれも適正摂取量:AIについてはフッ素量0.05mg/kg/dayが基準となっている。

また、最近では、国際歯科連盟(FDI)により小児の齲蝕予防のためのフッ素推奨投与量(mg/day)が提示されている(表2)(13)。これは至適フッ素濃度以下の飲料水を使用している地域におけるフッ素推奨投与量を年齢層別、飲料水中フッ素濃度別に示したものである。通常みられるフッ素イオン濃度0.3ppm以下の地域の5歳から13歳の小児には、日常の飲食物から摂取している自然のフッ化物摂取量に加えて齲蝕予防のため一日あたり1.0mgのフッ素を投与することが望ましい、としたものである。

表2.国際歯科連盟(FDI)の推奨によるフッ素推奨投与量(mg/day)

子供の年齢 飲料水中フッ素イオン濃度(mg/L)
0.3以下 0.3-0.7 0.7以上
誕生-3歳 0.25 0 0
3歳-5歳 0.50 0.25 0
5歳-13歳 1.00 0.50 0

至適フッ素濃度以下の飲料水を使用している地域の居住している新生児から小児の齲蝕予防のためのフッ素推奨投与量.文献(13)より引用

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5.今後の課題

わが国においては、齲蝕予防のためのフッ化物応用について、これまで歯科医学界を含め国民の間で、専門学会や国際的な情報が十分に伝わっていなかったため、十分な理解を得られるに至っていない。口腔保健医療専門職はフッ化物応用に対して常に最新の正確な知識を基に、それらを地域および学校保健関係者などに伝達するとともに、密接な連絡を保ち、齲蝕予防におけるフッ化物の応用について積極的なイニシアチブをとることが求められている。

今日では、フッ化物の応用は、個人レベルのみならず、公衆衛生的な見地から、集団あるいは地域レベルにおける齲蝕予防法として、その有効性と安全性が確認され、世界各国において実施されている。公衆衛生的応用法として水道水フッ化物添加をはじめ学校などで行われるフッ化物洗口等があるが、こうした各種の公衆衛生的なフッ化物応用法の普及は、わが国において今後の地域口腔保健向上への重要な課題である。そのためには、わが国における歯科臨床の場でフッ化物応用により齲蝕の発生を効果的に抑制するための健康保険制度の改善や、学校保健にフッ化物洗口を導入するための学校保健法の充実など、今後一層の法規の改正を含めた総括的な調査・研究と、その推進のための活動が望まれる。また、行政においてはフッ化物応用の実施状況のモニタリングや一般住民の理解を得るための教育や広範な広報活動が不可欠である。研究機関においてもこれらに関連する環境整備についての調査と継続的研究が必要とされる。

これに関連して、米国学術会議のInstitute of Medicineにより示された、フッ素の適正摂取量:AI(Adequate Intake)の概念は重要であり、また、国際歯科連盟(FDI)などにより示された小児に対するフッ素推奨投与量は、フッ素を栄養的に考えた具体的な提示であり、注目に値する。これらをわが国に導入するためには、わが国の人々、とくに小児の日常生活における飲食物からのフッ化物摂取量ならびに天然のフッ化物含有飲料水地域での齲蝕罹患状態と歯のフッ素症に関するより多くの研究が求められる。

フッ化物洗口法についてみると、欧米各国ではフッ化物洗口剤はOTC(店頭で購入できる一般医薬品)であり、消費者に広く普及している。わが国でも、現在、指定薬品としてのフッ化物洗口剤が認可され普及しているが、さらにこれを医薬部外品として認可し、消費者がより簡単に入手できるようにすることが望まれる。

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6.推奨

日本歯科医学会医療環境問題検討委員会フッ化物検討部会は、国民の口腔保健向上のため齲蝕予防を目的としたフッ化物の応用を推奨する。具体的には、現時点で、直ちに実施可能なフッ化物洗口法およびフッ化物配合歯磨剤等の使用、ならびに臨床的応用法であるフッ化物歯面塗布法の実施を推奨する。さらに、わが国におけるフッ素の適正摂取量:AI(Adequate Intake) を確定するための研究の推進を奨励する。

 

家庭で使用できるフッ化物について、フッ化物洗口剤(顆粒の状態)は、劇薬・指定医薬品(※1)です。フッ化物洗口剤が劇薬であるのは、製品が取り扱いやすいように顆粒状にしてあるためであり、水で溶解しないと顆粒の状態では濃度が高いからです。不正な使用方法(水で溶解せず顆粒のまま経口するなど)では、作用が強く人体に影響を及ぼすことがあるので、顆粒状のままの取り扱いに管理が必要があるという意味で、用法・用量を正しく理解し使用を行えば安全です。

また、劇薬・毒薬ということばで危険な薬品と受けがちですが、医療(治療や予防)で必要な場合に使われる薬に関して、薬事法で規定された分類なので、適正な使用(用法・分量など)をしている限り、病気に対して有益な作用をもたらします。(医薬品の説明を参照)

なお、フッ化物洗口剤を用法通り水で溶解した「フッ化物洗口液」は、「劇薬」といいません。(濃度が低くなるので、劇薬の範囲からはずれます。)

※1指定医薬品:厚生労働大臣が指定した医薬品(薬剤師以外が取り扱うことができない医薬品を厚生労働大臣が指定)で、薬剤師がいる薬局・薬店以外で販売・授与してはいけない医薬品。(医師・歯科医師は、処方をしています。)

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主な参考文献

(1)岸 洋志、小林清吾:20歳成人の小児期う蝕予防管理の成果、口腔衛生学会雑誌、42: 359-370, 1992.

(2)飯塚喜一、境 脩、堀井欣一編集:これからのむし歯予防 ― わかりやすいフッ素の応用とひろめかた ― 第2版、学建書院、東京、1996, 37頁.

(3)日本口腔衛生学会フッ化物応用研究委員会編:フッ化物応用と健康 ― う蝕予防効果と安全性 ―、口腔保健協会、東京、1998年、107, 119, 127頁.

(4)WHO(1994): Fluorides and Oral Health、WHO Technical Report Series 846,p20-26.

(5)日本口腔衛生学会フッ化物応用研究委員会編:フッ化物応用と健康 ― う蝕予防効果と安全性 ―、口腔保健協会、東京、1998年、65-91頁.

(6)日本口腔衛生学会フッ化物応用研究委員会編:フッ化物応用と健康 ― う蝕予防効果と安全性 ―、口腔保健協会、東京、1998年、46-48頁.

(7)日本口腔衛生学会フッ素研究部会編:口腔保健のためのフッ化物応用ガイドブック、口腔保健協会、東京、1995年、79-87頁.

(8)FDI Basic Fact Sheets 1984, 1990.

(9)飯塚喜一、境 脩、堀井欣一編集:これからのむし歯予防 ― わかりやすいフッ素の応用とひろめかた ― 第2版、学建書院、東京、1996, 26-36頁.

(10)高江洲義矩訳(監修):フッ素と口腔保健、一世出版、1995年、49-50頁.(WHO : Fluorides and oral health, Report of a WHO expert committee on oral health status and fluoride use. WHO Technical Report Series 846, Geneva, 1994).

(11)日本口腔衛生学会フッ素応用研究委員会:就学前からのフッ化物洗口法に関する見解、口腔衛生会誌、46: 116-118, 1996.

(12)Kobayashi, S., et al: AAPHD, in Orland Florida, Sep. 25-27, 1996.

(13)Appendix B Fluoride supplementation dose, in FDI Policy Statement on

Fluorides and Fluoridation for the Prevention of Dental Caries, MAY/JUN, FDI DENTAL WORLD, 1993.

(14)Rothwell M., Anstice H.M., Pearson G.J.: The uptake and release of fluoride by ionleaching cements after exposure to toothpaste. J Dent 1998, 26 (7): 591-7.

(15)Hatibovic-Kofman S., Koch G., Ekstrand J.: Glass ionomer materials as a rechargeable fluoride-release system. Int J Paediatr Dent 1997, 7 (2) : 65-73.

(16)ten Cate J.M. van Duin R.N.: Hypermineral ization of dentinal Iesions adjacent to glass-ionomer cement restorations. J Dent Res 1995, 74 (6): 1266-1271.

(17)国際歯科連盟(FDI):上水道弗素化の決議(第52回 FDI年次総会、1964年11月7日).

(18)世界保健機関(WHO):第22回 総会における上水道弗素化の決議及びその審議記録(第22回WHO総会決議WHA 22. 30, 1969年7月23日).

(19)British Fluoridation Society: Optimal Fluoridation: Status Worldwide, Liverpool May 1998.

(20)Standing Committee on the Scientific Evaluation of Dietary Reference Intakes, Food and Nutrition Board Institute of Medicine: Dietary Reference Intakes for Calcium, Phosphorus, Magnesium, Vitamin D, and Fluoride, NATIONAL ACADEMY PRESS, Washington D.C., 1997, 8, FLUORIDE, p.8 – 11-14.
(「1997,8」の「8」におきまして、やむを得ず英字ではなく数字を使用しています。)

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