■ 朝鮮通信使
江戸時代の朝鮮通信使は、1607年〜1811年の約200年間に12回日本を訪れ ています。通信使一行の人数は、少ないときが約300人、多いときは約500人ほどで その構成は、正使・副使・従事官をはじめ、学者、文人、画家、書家などでした。 第1回〜第3回までの名称は、回答兼刷還使(かいとうけんさっかんし)といって、日 本側からの国書に対する朝鮮側の回答、文禄・慶長の役で日本に連れてこられた被 虜人(ひりょにん)を連れ帰るための使節でした。第4回〜第12回の来日の目的は、 次の通りです。