「あれ? おじさん、ここどこ? ここは“スナメリおじさんと琴ちゃん”のコーナーじゃないんだけど???」
「うむ、最近ワシらもちょっと人気が出てきたからな、これからはこのホームページの中でいろんな所に進出しようと思ってな。まぁ、今回はその第1弾じゃ。」
「・・・・・・おじさんさ、“ワシらは地味じゃからのぉ”とか言ってるけど、実は目立ちたいんじゃないの?」
「まぁ、細かい事は気にするでない。で、その“ナミノウオ”じゃがな、ワシらスナメリは波の高い時にはとても見にくいじゃろ。しかし、波が全くないベタ凪の日には、逆にスナメリが海面にきれいな丸い波をつくるんじゃ。そこで“波の魚”と言われるようになったんじゃろうなぁ。実際、大村湾で魚を獲っておる漁師さんに話を聞くと、海の上でスナメリを発見する時はスナメリの姿を見るよりも先に、スナメリの起こす波で気が付くことが多いそうじゃぞ。」
「ふ〜ん、“波の魚”なのかぁ。あの、でもさ、“ナミノウオ”じゃなくて、“ナミノイオ”なんだけど?」
「うむ、では“ウオ”と“イオ”を説明するかのぉ。“ウオ”と“イオ”はどちらも漢字で書くと“魚”じゃ。今では魚は“ウオ”と読むが、昔は“イオ”と読んでおったんじゃ。古語じゃな。“魚”を昔“イオ”と読んでおったのは、別に長崎だけではなくて、日本全国的なものだったと聞いておるぞ。それにな、“ナミノウオ/ナミノイオ”というのも、元々は長崎の方言ではないんじゃ。」
「え〜?、でも私のお父さんはナミノイオって言ってたよ。」
「うむ、では“ナミノイオ”について説明するかのぉ。ナミノイオという言葉はな、少なくとも今から300年前には使われておった古い言葉なんじゃ。長崎だけではないぞ、そのころワシらは全国的にナミノイオと呼ばれておったのじゃ。以来、ワシらはず〜っとスナメリではなく、ナミノイオだったんじゃな。だからこの本でもこの本でも、ワシらはナミノイオじゃ。スナメリとは呼ばれておらん。あの有名なシーボルト先生も、今から170年くらい前の本でワシらのことを“ナミノイオ”とフランス語で書いておられるぞ。」
「ふ〜ん、じゃぁさ、“スナメリ”って何なの? 今ではみんなスナメリって呼んでるでしょ?」
「うむ、では“スナメリ”について説明するかのぉ。スナメリという言葉はな、元々は千葉県方面の方言だったんじゃ。詳しくは分からんのじゃが、千葉の方言の“スナメリ”は、まず江戸に伝わって、明治時代以後に東京から全国に広まったんじゃないかのぉ。だから、明治時代以後は、だいたい全国で“スナメリ”と言われるようになったんじゃ。しかし長崎でも“ナミノウオ”という言葉を使うのは、大村湾の沿岸だけのようじゃな。どうして大村湾の沿岸だけに、古い日本語である“ナミノウオ”が残ったのか?は、さすがのワシも良く分からん。ともかくじゃな、“ナミノウオ”というのは江戸時代には日本の標準語であったんじゃが、明治時代以降、千葉方言の“スナメリ”に取って代わられた。しかし、大村湾沿岸だけには古い“ナミノウオ”が今でも残っておるという事じゃな。今では、多くの人が“ナミノウオ”を長崎方言と思っておるし、そう書いてある本もあるが、実はもともとそうではないという事が分かってもらえたかのぉ。」
「へぇ〜、おじさん良く知ってるねぇ。」
「まだまだ、知っておることはあるぞ。例えばな、大村湾沿岸でも大村湾南部地区では、スナメリのことを“ナミノハナ”と呼んでおる。スナメリが海面に現れると、海面に花が咲いたような同心円状の波紋ができるから“波の花”だそうじゃ。それから、佐世保南部地区では、“ナメ”と言っておる。」
「大村湾の周りでも、いろいろな呼び方があるのかもね。ところでさ、おじさんたちは大村湾から出たことがないって言ってたよね? 何で千葉県のこととか知ってるの? それに寿命は20年か30年くらいなんでしょ? 何で300年も前の事を知ってるの?
「まぁ、ワシもせっかく人間の世界に出てきたから、ちょっと勉強したんじゃ。長崎県立図書館、長崎大学付属図書館、長崎大学付属図書館医学分館、長崎市のシーボルト記念館、オランダのライデン博物館、ドイツのシーボルト博物館、それに大村湾沿岸の漁協の方々なんかにお世話になったからな、この場を借りてお礼を言っておくかのぉ。どうもありがとうございました!」
長崎の方言?
ナミノイオって何だろう?