日本とオランダとの交流は、今から数えることおよそ400年前、1600年4月19日に始まりました。この日、約2年の歳月を経た波乱の航海の末、豊後国(現在の大分県)に1隻のオランダ船「デ・リーフデ」が漂着しました。日蘭交流400周年にあたる西暦2000年には、日本とオランダで多くの日蘭交流記念イベントが開催されました。
1609年、最初のオランダ商館が平戸に開設され、ここから本格的な日蘭貿易が展開されることになります。オランダ商館はその後、1641年に長崎の出島に場所を移しました。そして、日本の鎖国時代、長崎は唯一の窓口となり、オランダと日本との貿易が行われました。長崎は蘭学の中心地となり、多くの学者が医学、薬理学、天文学、地理学、物理学、化学、数学について学ぶために集まってきました。
オランダ人の出島での生活の様子などから、当時の日本人絵師たちは大いに刺激を受けました。長崎絵と呼ばれる絵画には、出島の暮らしぶりが描かれており、陶器にはオランダ人の姿が絵柄になりました。また、オランダから運ばれてきた絵画や絵本なども、絵師たちに創作のアイデアを与えていました。
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