年代

長崎県内の主なできごと

国内外の主なできごと







1577

(天正5)

てんしょう

龍造寺隆信が大村純忠を破り、島原方面にも進出する
りゅうぞうじたかのぶが おおむらすみただをやぶり、しまばらほうめんにも しんしゅつする

織田信長の政治
おだのぶながのせいじ

1580

(天正8)

てんしょう

有馬にセミナリヨ(キリスト教の神学校)が建てられる
ありまにセミナリヨ(キリストきょうのしんがっこう)がたてられる

 

 

有馬晴信が洗礼を受け、キリシタン大名となる
ありまはるのぶが せんれいをうけ、キリシタンだいみょう となる

 

 

大村純忠が長崎などをイエズス会に寄進する
おおむらすみただが ながさきなどを イエズスかいに きしんする

 

 

天正遣欧少年使節が長崎から出航する
てんしょうけんおう しょうねんしせつが ながさきから しゅっこうする

 

1582

(天正10)

てんしょう

龍造寺隆信が有馬・島津連合軍と戦い、島原沖田畷で戦死する
りゅうぞうじたかのぶが ありま・しまずれんごうぐんとたたかい、しまばらおきたなわてで せんしする

 

1584

(天正12)

てんしょう

有馬晴信が浦上をイエズス会に寄進する
ありまはるのぶが うらかみを イエズスかいに きしんする

南蛮文化が栄える
なんばんぶんかがさかえる

1588

(天正16)

てんしょう

秀吉が長崎などを直轄地とする
ひでよしが ながさきなどを ちょっかつちとする

豊臣秀吉の政治
とよとみひでよしのせいじ

1590

(天正18)

てんしょう

天正遣欧少年使節が長崎に帰る
てんしょうけんおうしょうねんしせつが ながさきにかえる

 

1592

(文禄元)

ぶんろく

松浦鎮信、有馬晴信、大村喜前、宗義智らが朝鮮に出兵する(文禄の役)
まつらしげのぶ、ありまはるのぶ、おおむらよしあき、そうよしとしらがちょうせんにしゅっぺいする(ぶんろくのえき)

 

1597

(慶長2)

けいちょう

長崎西坂で、26聖人が殉教する
ながさきにしざかで、26せいじんがじゅんきょうする

 




1605

(慶長10)

けいちょう

松浦鎮信が朱印状を受ける
まつらしげのぶ がしゅいんじょうをうける

1603

徳川家康征夷大将軍となり江戸幕府を開く

とくがわいえやす せいいたいしょうぐんとなり えどばくふを ひらく

 

大村藩波佐見焼を始める
おおむらはん はさみやきを はじめる

 

1609

(慶長14)

けいちょう

平戸にオランダ商館ができる
ひらどに オランダしょうかんができる

 

 

対馬宗氏の仲介で慶長条約を結ぶ
つしまそうしの ちゅうかいで けいちょうじょうやくを むすぶ

1612

家康キリスト教禁止令を出す

いえやす キリストきょう きんしれいを だす

1613

(慶長18)

けいちょう

平戸にイギリス商館ができる
ひらどに イギリスしょうかんが できる

 

1616

(元和2)

げんな

オランダ、イギリスとの貿易(ぼうえき)が長崎・平戸港に限られる
オランダ、イギリスとの ぼうえきがながさき、ひらどこうに かぎられる

 

1622

(元和8)

げんな

長崎でキリシタン55人が処刑される
ながさきで キリシタン55にんが しょけいされる

 

1623

(元和9)

げんな

平戸のイギリス商館が閉鎖される
ひらどの イギリスしょうかんが へいさされる

 

1626

(寛永3)

かんえい

長崎で初めて踏み絵が行われる
ながさきで はじめて ふみえが おこなわれる

 

1634

(寛永11)

かんえい

長崎の中島川に眼鏡橋がかけられたと伝えられる
ながさきの なかしまがわに めがねばしが かけられたと つたえられる

 

1635

(寛永12)

かんえい

御朱印船を停止し,唐船の貿易を長崎港に制限する
ごしゅいんせんをていしし、とうせんの ぼうえきを ながさきこうに せいげんする

 

1636

(寛永13)

かんえい

出島が完成し、ポルトガル人を住まわせる
でじまが かんせいし、ポルトガルじんを すまわせる

 

1637

(寛永14)

かんえい

島原の乱が起こる
しまばらのらんがおこる

 

1639

(寛永16)

かんえい

ポルトガル人の来航が禁じられ、オランダ、中国とだけの貿易が許される
ポルトガルじんの らいこうが きんじられ、オランダ、ちゅうごくとだけのぼうえきが ゆるされる

 

1641

(寛永18)

かんえい

平戸のオランダ商館を長崎の出島に移した
ひらどの おらんだしょうかんを ながさきの でじまにうつした

鎖国が完成する
さこくがかんせいする

1657

(明暦3)

めいりゃく

大村領のキリシタン600余人が捕らわれる(郡崩れ)
おおむらりょうの キリシタン600よにんが とらわれる(こおりくずれ)

 

1670

(寛文10)

かんぶん

大村藩の藩校集義館が設立される(県内ではじめての藩校)
おおむらはんの はんこう しゅうぎかんが せつりつされる(けんないではじめてのはんこう)

 

1685

(貞享2)

じょうきょう

対馬藩の藩校小学校が設立される(小学校の名称の初め)
つしまはんの はんこう しょうがっこうが せつりつされる(しょうがっこうのはじめ

 

1689

(元禄2)

げんろく

唐人屋敷が完成する
とうじんやしきが かんせいする

元禄文化が栄える
げんろくぶんかがさかえる

1700

(元禄13)

げんろく

対馬藩の陶山訥庵がいのしし退治を行う
つしまはんの すやまとつあんが いのししたいじを おこなう

 

 

享保の改革
きょうほうのかいかく

1750

(寛延3)

かんえん

諫早領に百姓一揆が起こる
いさはやりょうに ひゃくしょういっきが おこる

 

1782

(天明2)

てんめい

大村藩の松島炭鉱が開かれる
おおむらはんの まつしまたんこうがひらかれる

1782

天明の大ききん
てんめいのだいききん

寛政の改革
かんせいのかいかく

1790

(寛政2)

てんめい

大村藩の藩校五教館が集義館に代わって設立される
おおむらはんの はんこう ごこうかんが しゅうぎかんに かわって せつりつされる

 

1792

(寛政4)

てんめい

雲仙岳が大爆発を起こす(島原大変)
うんぜんだけが だいばくはつを おこす (しまばらたいへん)

 

1804

(文化元)

ぶんか

ロシア使節レザノフが長崎に来航する
ロシアしせつレザノフが ながさきに らいこうする

 

1808

(文化5)

ぶんか

フェートン号事件が起こる
フェートンごう じけんが おこる

 

1824

(文政7)

ぶんせい

シーボルトが鳴滝塾で診療を始める
シーボルトが なるたきじゅくで しんりょうを はじめる

1825

外国船打ち払い令が公布される

がいこくせんうちはらいれいがこうふされる

1828

(文政11)

ぶんせい

シーボルト事件が起こる
シーボルトじけんがおこる

 

1839

(天保10)

てんぽ

本明川に眼鏡橋がかけられる
ほんみょうがわにめがねばしがかけられる

 

 

天保の改革
てんぽうのかいかく

1853

(嘉永6)

かえい

ロシア使節プゥチャーチンの艦隊が、長崎に来航し、通商を求める
ロシアしせつ プゥチャーチンの かんたいが ながさきに らいこうし、つうしょうをもとめる

1853

ペリー、浦賀に来る

ぺりー、うらがにくる

1857

(安政4)

あんせい

長崎に医学伝習所が開かれる
ながさきに いがくでんしゅうじょがひらかれる

1858

日米修好通商条約を結ぶ

にちべいしゅうこうつうしょうじょうやくをむすぶ

 

長崎製鉄所が建設される
ながさきせいてつしょが けんせつされる

 

1858

(安政5)

あんせい

長崎に英語伝習所が開かれる
えいごでんしゅうしょがひらかれる

 

1859

(安政6)

あんせい

グラバーが長崎に来る
グラバーがながさきにくる

 

1863

(文久3)

あんせい

福江藩の石田城が築かれる
ふくえはんの いしだじょうが きずかれる

 

1864

(元治元)

げんじ

対馬藩の藩校として日新館が設立される
つしまはんの はんこうと してにっしんかんが せつりつされる

 

1865

(慶応元)

けいおう

大浦天主堂が建てられる
おおうらてんしゅどうがたてられる

 

1867

(慶応3)

けいおう

浦上四番崩れが起きる
うらかみ よんばんくずれが おきる

 

 

 

 

 


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