年代

長崎県内の主なできごと

国内外の主なできごと

 

 

 




300

出居塚古墳(美津島町)
でいづかこふん(みつしまちょう)

古墳が各地につくられる
こふんが かくちに つくられる

400

ひさご塚古墳(東彼杵町)
ひさごづかこふん (ひがしそのぎちょう)

 

 

根曽古墳群(美津島町)
ねそこふんぐん(みつしまちょう)

 

500

鬼の岩屋古墳(国見町)
おにのいわやこふん(くにみちょう)

 

 

鬼の窟古墳(芦辺町)
おにのいわやこふん(あしべちょう)

 

 

双六古墳(勝本町)
そうろくこふん(かつもとちょう)

 

 

矢立山古墳群(厳原町)
やたてやまこふんぐん(いずはらちょう)

 

 

曲崎古墳群(長崎市)
まがりざきこふんぐん(ながさきし)

593

聖徳太子が推古天皇の摂政となる

しょうとくたいしがすいこてんのうのせっしょうとなる

600

 

 




664

(天智3)

てんち

対馬、壱岐などに防人と烽が置かれる
つしま、いきなどに さきもり と とぶひ がおかれる

645

大化の改新

たいかのかいしん

 

667

(天智6)

てんち

対馬に金田城が築かれる
つしまにかねだじょうがきづかれる

674

(天武3)

てんむ

対馬の国司、産出の銀を朝廷におさめる(日本で銀産出のはじめ)
つしまのこくし、さんしゅつの ぎんを ちょうていに おさめる(にほんで ぎんさんしゅつのはじめ)

 




 

 

古事記、日本書紀、風土記がつくられる
こじき、にほんしょき、ふどきがつくられる

737

(天平9)

てんぴょう

東国の防人約2,000人にかわり九州の兵士が壱岐、対馬を守る
ひがしこくの さきもり やく2,000にんに かわり きゅうしゅうの へいしが いき、つしまをまもる

 

741

(天平13)

てんぴょう

肥前国に国分寺・国分尼寺、壱岐・対馬に島分寺が建てられた
ひぜんこくに こくぶんじ・こくぶんにじ、いき・つしまに とうぶんじが たてられた

 

 

 

聖武天皇が東大寺を建てる
しょうむてんのうが とうだいじを たてる

776

(宝亀7)

ほうき

第14次遣唐使が五島の青方(上五島町)に停泊する
だい14じ けんとうしが ごとうの あおかた(かみごとうまち)にていはくする

 




795

(延暦14)

えんりゃく

壱岐、対馬を除いて防人が廃止される
いき、つしまをのぞいてさきもりがはいしされる

遣唐使(630〜894)
けんとうし

804

(延暦23)

えんりゃく

空海、最澄が乗った第16次遣唐使船が、五島の川原浦(岐宿町)を出航する
くうかい、さいちょうがのっただい16じけんとうしせんが、ごとうのかわらのうら(きしゅくちょう)をしゅっこうする

 

835

(承和2)

じょうわ

新羅軍に備え、壱岐を守らせる
しらぎぐんに そなえ、いきを まもらせる

 

839

(承和6)

じょうわ

第17次遣唐使が生月に立ち寄る
だい17じ けんとうしが いきつきに たちよる

国風文化が栄える
こくふうぶんかがさかえる

 

大瀬戸町で石鍋が製作される(室町時代にかけて)
おおせとちょうで いしなべが せいさくされる(むろまちじだいにかけて)

藤原道長の摂関政治
ふじわらのみちながのせっかんせいじ
平清盛の政治
たいらのきよもりのせいじ

1185

(元暦2)

げんりゃく

松浦党が壇ノ浦で平氏方水軍として戦う
まつらとうが だんのうらで へいしがた すいぐんとして たたかう

1191

(建久2)

けんきゅう

僧 栄西、宋からの帰国途中平戸に立ち寄る
そう えいさい、そうからの きこくとちゅう ひらどに たちよる

 

 

 

 

 


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