

「このままでいいのだろうか?」
2002年、社長の土井が悩んでいた。
事務所を見渡すと、机がいくつも並んでいるのに社員がいない。
社員のほとんどは「派遣」で、県内外のお客様に入り込んで作業している。
期間の長い社員だと、もう2年になる。
派遣期間が長くなるほどに帰属意識が薄れ、辞めていく社員も多かった。
自分のやりたかった会社経営はこういうことだったのだろうか?
何度も自問し続けた末に、ひとつの大きな決断をした。
このままでは会社の成長はない。派遣はもうやめよう。


ちょうどその頃、長崎県が電子県庁システムの構築で入札を行うと発表。しかも、中小零細の地場企業も参画できるようにするという。
弊社は、自治体のシステムに関してまるで経験がなかったのだが、これが変革のきっかけになると考え、チャレンジすることを決めた。
「落札業者はドゥアイネットに決定しました!」
2003年12月、初めての入札参加から7回目にしてようやくつかんだチャンスだった。
この時の派遣人数は7名。
全社員の6割にあたる数である。
派遣をやめると決断したものの、急な方向転換ができるはずもなく、まだまだ現実を変えるまでには至っていなかった。

めでたく落札を果たしたものの、そこからが大変だった。
何せ、私たちは下請けの仕事ばかりでユーザーと一緒に仕事をしたことがない。まして、県庁職員が相手となればどのような人たちなのかもわからない。

業務内容を知らないし、行政独特の言い回しなどもあってコミュニケーションさえ難しい。
これまで同業のSIerとばかり仕事をしてきたため、このような経験は皆無である。
当時の開発担当者はこう振り返る。
「はじめはメールで質問のやりとりなどしていたのですが、全然伝わらなくて。。。
もうこれでは埒があかないと思って、会いに行って直接話しをするようにしたんです。」
会話を重ねることで、言いたいこと、聞きたいことが徐々に伝わるようになり、仕事がスムーズに進むようになってきた。
そして、不足している業務知識を学ぶため、業務に関する資料を読み漁り、わからないことは職員に教えていただき、必死で理解に努めた。
こうして、2ヵ月後には無事にプログラムが完成し、リリースされた。


このプロジェクトは、私たちがこれまで経験してきたものとは大きく違っている。
いつもの下請けならば、発注者との関係が上下になり、発注者のリーダーシップのもとで労働力を提供するということになるのだが、長崎県の案件は、下請けではなく一次請け。発注者との関係はパートナーであり、システムづくりのプロとしての期待が大きい。
つまり、これまでのように受身の姿勢ではいられないということだ。
SEが職員の期待に応えようと努力すればするほど、自然と自分で考える力が磨かれ、それが会社の体質を変えていく。
しかし、経験のない会社がそう簡単に主体的になれるものではない。
それを後押しするのが、「ながさきITモデル」だ。
県庁職員は自分で仕様書を作るので、システムの完成イメージができている。だからプログラム開発の工程にも、自ら積極的に関与する。
例えば、開発途中で仕様を変更しなければならない事態が発生しても「なんとかしてよ」ではなく、「要件としてはこれを満たせばいいから、こうしたらどうだろう?」と、一緒に解決策を考えていただける。世に聞く「丸投げ体質」とは明らかに違う。
はじめから100点を求められるようなら、私たちには参入の余地などないはずだが、「SEと職員が力を合わせて100点を取ればいい」という考え方をとっているおかげで、経験のない私たちでも仕事を完成させることができた。
さらにこのモデルのすごいところは、学習のサイクルまでも見据えていることだ。SEと職員が協力してものづくりをするうちに、自然とお互いの知識を学びあう。
個人差はあるが、若手SEでも3年もすれば十分に合格点が取れるくらいに成長している。こうなれば、一緒に仕事をするパートナーとしてなんの遜色もなくなる。
地場企業を育てるとは、こういうことなのだろう。


この案件をきっかけに仕事量が徐々に増え、グループウェア、手当システム、休暇システムなど、次々と開発を進めていった。
弊社としても「長崎県」を最重要顧客と定め、全社的に注力することを決めた。ようやく派遣先から社員を呼び戻す体制が整った。
派遣先との交渉を重ね、できるだけ派遣先の業務に支障が出ないよう時間をかけて一人ずつ呼び戻していった。
そして2006年10月、最後の一人が事務所に戻り、派遣はゼロになった。
社長の決断から、4年後のことだった。


| 若手社員: | 「こんな処理のやり方にしようと思っているのですが、どう思います?」 |
|---|
| 先輩社員: | 「いいね〜、でもそれだとこの場合に対応できないから、ここをこうした方がいいと思うよ。」 |
|---|
パソコンを前にして、若手社員が先輩社員にプログラムの相談である。
先輩社員はこれまで培ってきた技術を後輩社員に伝え、品質の向上に努めている。
会議室では、別のチームが成果発表会を開いている。納品が完了したシステムをスクリーンに映し出し、操作を交えながら機能説明をしている。
他の人の仕事を知り、自分の仕事に生かそうとする取組みである。
事務所に社員が帰ってきたことで、今ではこういった取組みが当たり前の風景となった。このように相互の知識を交換する場を作れるようになったことで、会社がひとつにまとまり始めた。
そして、この頃から採用を中途から新卒に切り替えた。企業文化をさらに醸成していくには、他社の色に染まった中途者よりも、染まっていない新卒者の方がいいと考えたからだ。
長崎県での実績が功を奏してか、専門学校や大学からの応募者も増え、今では全社員の4割を新卒採用者が占めている。
彼らが弊社を選ぶ理由は、社員同士まとまりの良さからくる安心感だそうだ。この会社なら、頑張れば後押しがあり、必ず報われると感じてもらえているようだ。
あのまま派遣主体でいたら、印象は大きく違っていたことだろう。


「ながさきITモデル」の独自方式は全国的にも注目を集めており、そこに関わった企業として、弊社もメディアなどに取り上げられる機会が増えた。
大学教授・シンクタンク・IT誌からの取材、IT系出版社から執筆依頼、各自治体を回って事例発表を行う、などである。
以前では、考えられないことだ。
このように表舞台で自社が取り上げられる様子を見て、社員はどう感じているだろうか。自分たちのやってきたことが取り上げられているのだから、誇らしく感じないはずはないだろう。
また、外部へのアピールという点では、SNSで有名な「mixi」上で使える無料のスケジューラを公開するという新しい試みを行った。
このアプリはmixiユーザーから「便利で使いやすい」と好評を博し、口コミで広がり、現在では2万人ほどのユーザーが利用している。
システム開発という仕事は、その内容を説明するのが難しく、両親や友達に「どんなことをやっているの?」と聞かれても、専門用語ばかりになってほとんど伝わらないという状況があり、しまいには説明するのが嫌になり、「うん、まぁ…」と濁してしまうことも多いと聞く。
しかし最近では「長崎県」や「mixi」での実績を残すことができ、わかりやすいキーワードで自分たちの取組みを説明できるようになった。
些細なことだが、身近な人に理解を得られるようになったことの意味は大きい。
このことは、自分の仕事にプライドを持ち、愛社精神を育むことに、少なからず役に立っていると思う。

ここまで書いてきたように、「ながさきITモデル」を通して弊社の状況は良い方向へと変わってきた。まだまだ未熟な点は多いが、少なくともスタートラインには立つことができたと思う。
これからが本当の勝負である。
長崎県の電子県庁システム構築はピークを過ぎ、今後は仕事量が減る見込みである。いよいよ、自らの力で新たな顧客を獲得していかなければならない時がきた。
行政、民間を問わず、お客様からの直接受注をどれだけ増やしていけるかが今後の大きな課題である。
弊社が最も得意としている「リッチクライアント技術を用いた開発」は、使い勝手の向上に大いに役立つものであり、エンドユーザに快適な操作性を提供したい企業に需要がある。
この分野でのお役立ちを中心に考え、新たなお客様を求めていく。
弊社の強みがお客様の喜びとなり、共に栄える取引関係になれるよう全力で取り組んでいこうとしている。

先日、幸先よく関東の大手企業との新規取引が成立した。
決め手となったのは「長崎県庁での実績」である。この信用力は大きい。
最初の仕事を無事に納品し、その後に行ったお客様アンケートでは、スムーズなコミュニケーションと距離のハンデを感じさせないスピード対応が評価されていた。
それは、どちらも「ながさきITモデル」を通して学んだものだった。
「脱下請」を掲げて8年、社員が座っていない机はもうない。
社内には、パソコンに向かう真剣な顔と、社員同士の会話から生まれる笑顔に溢れている。
社員を大切にする経営が、やっと実現されようとしている。