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遺跡名 | 山の寺梶木遺跡(やまのてらかじきいせき) |
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所在地 | 南島原市深江町山の寺梶木 | ||
緯度 | 北緯32°43′54″ | 経度 | 東経130°18′37″ |
標高 | 230m | 地形 | 扇状地 |
種別 | 墳墓・集落跡・遺物包含地 | 時代 | 縄文時代 |
資料所在地 | 長崎県教育委員会・国学院大学 | 指定状況 | 未指定 |
参考文献等 | 「島原半島」『九州考古学』 10号 九州考古学会 1960 古田正隆 「山の寺梶木遺跡」 百人委員会埋蔵文化財調査報告書 第 1集 1970 |
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遺跡・史跡の概略 | |||
遺跡は雲仙山系の野岳から有明海に向かって広がる標高230m程の深江扇状地頂部に位置する。1957年、個人の畑地改良工事によって合口甕棺、籾痕土器が発見されたことで注目され、1960年日本考古学協会西北九州総合調査特別委員会によって調査された。 多量の縄文土器のなかに籾痕を持つ土器が出土したことで、縄文時代晩期の稲作問題に一石を投じた。遺跡の内容から縄文時代後期後半から晩期前半に中九州地域で特徴的にみられる火山灰台地へ適用した遺跡群t類似した立地や遺物組成を持ち、焼畑での穀類と陸稲を行っていた可能性がある。 |
主な遺構 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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主な遺物 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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遺構・遺物の写真 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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遺構・遺物の地図 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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地図の使い方 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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