遺跡とは、過去の人々の生活した跡が残されている場所で、主に住居や施設の跡や生活道具などから構成されます。このような遺跡の中で特に後世に残す必要があると判断され、指定を受けたものを史跡といいます。

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遺跡名

 天ケ原遺跡(あまがはらいせき)

所在地  壱岐市勝本町東触字菖蒲坂
緯度  北緯33°51′21″ 経度  東経129°42′30″
標高  5m 地形  砂丘
種別  祭祀跡・遺物包含地 時代  弥生時代、古墳時代
資料所在地  壱岐市教育委員会 指定状況  未指定
参考文献等  『串山ミルメ浦遺跡』勝本町文化財調査報告書第4集 1985
遺跡・史跡の概略
 遺跡は、壱岐の最北端に位置し、天ケ原から小串へと伸びる砂州上にあり、北東側は外海に接している。遺跡内の道路工事および護岸工事の際に、朝鮮半島系の無文土器、古墳時代~奈良時代の土師器・須恵器などが出土している。また、昭和36年(1961)には、海岸の波打際にあったセジョウ神と呼ばれていた石祠の地下80cmほど下から、中広銅矛3本が出土している。この遺構は、青銅器の埋納遺構と考えられ、壱岐の最北端に位置することから、異国から招来する悪霊や疫病等対しての境界祭祀の可能性をもっている。壱岐では、銅矛は天ケ原遺跡の3本と原の辻遺跡の2本、熊野神宮に伝世する1本の合計6本が知られるに過ぎないが、対馬では100本を超える数の銅矛が出土しており、航海安全を祈る祭祀にも使われたことが推測されている。
主な遺構
 中広銅矛3本埋納遺構
       
主な遺物
 中広銅矛3本、無文土器、土師器、須恵器
ファイル 出土土器   ファイル 出土銅矛      
               
遺構・遺物の写真
 
ファイル 遺跡近景   ファイル 出土遺物(銅矛)      
遺構・遺物の地図
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