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| 遺跡名 | 勝本城跡(かつもとじょうあと) |
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| 所在地 | 壱岐市勝本町坂本触字城越 | ||
| 緯度 | 北緯33°50′57″ | 経度 | 東経129°41′27″ |
| 標高 | 78m | 地形 | 丘陵 |
| 種別 | 城館跡 | 時代 | 中世(近世初期) |
| 資料所在地 | 指定状況 | 国指定 | |
| 参考文献等 | 『日本城郭体系』第17巻 1980 | ||
| 遺跡・史跡の概略 | |||
| 本城跡は、壱岐島北部にあり、勝本港を見下ろす標高78mの丘陵に立地する山城で、風本城・武末城・雨瀬包城ともいう。豊臣秀吉は、朝鮮出兵に際して肥前名護屋城を本営としたが、それと共に壱岐・対馬にそれぞれ駅城を築き、その兵站基地とすることを命じた。この駅城として、海上交通上の要路である勝本港にのぞむ城山に設けたのが勝本城である。築城には松浦鎮信が主としてこれにあたり、有馬晴信・大村喜前・五島純玄がこれを支援し、およそ4ケ月で天正19年(1591)末に完成した。そして本多因幡守正武が慶長3年(1598)までの7年間入部し、戦後終了後に破脚された。山頂には本丸跡があり、虎口の枡形をなす石垣などが残っている。 | |||
| 主な遺構 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 主な遺物 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 遺構・遺物の写真 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 遺構・遺物の地図 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 地図の使い方 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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