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| 遺跡名 | 鬼屋窪古墳(おにやくぼこふん) |
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| 所在地 | 壱岐市郷ノ浦町有安触字鬼屋窪 | ||
| 緯度 | 北緯33°46′53″ | 経度 | 東経129°39′53″ |
| 標高 | 55m | 地形 | 台地 |
| 種別 | 古墳 | 時代 | 古墳時代 |
| 資料所在地 | 長崎県立壱岐商業高等学校 | 指定状況 | 市指定 |
| 参考文献等 | 副島康司・木村幾多郎「鬼屋久保古墳」『郷ノ浦町の古墳』 壱岐郷土館 1981 | ||
| 遺跡・史跡の概略 | |||
| 本古墳は、壱岐島南西部に位置し、南に半城湾を望む半島の台地上に立地する古墳である。昭和52年(1977)に壱岐郷土館と壱岐国研究会によって石室の実測が実施された。墳丘は、完全に消失しており、石室が露出している。石室も半壊しており、開口方向も明確でないが、現存する全長は4.11mで、複室構造の横穴式石室であったと思われる。壱岐の場合に、南側に開口するものが多いところから、南側に開口していたことが推測される。南側袖部南側の西側側壁と東袖石に、捕鯨の様子を示す線刻画が描かれており、被葬者が海に関わりをもつ人物であったことを推測させる。昭和52年の調査の際に出土した須恵器は、7世紀後半以降のもので、最終的な追葬や祭祀を示す資料であろう。 | |||
| 主な遺構 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 主な遺物 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 遺構・遺物の写真 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 遺構・遺物の地図 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 地図の使い方 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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