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| 遺跡名 | 亀丘城跡(かめおかじょうあと) |
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| 所在地 | 壱岐市郷ノ浦町本村触字大里 | ||
| 緯度 | 北緯33°44′60″ | 経度 | 東経129°41′41″ |
| 標高 | 63m | 地形 | 丘陵 |
| 種別 | 城館跡 | 時代 | 中世、近世 |
| 資料所在地 | 県指定 | 指定状況 | 『日本城郭体系』第17巻 1980 |
| 参考文献等 | |||
| 遺跡・史跡の概略 | |||
| 壱岐島南西部の郷ノ浦港を望む63mの丘陵に築かれた山城跡で、亀尾城ともいう。鎌倉後期の永仁元年(1293)に唐津の岸嶽城主波多宗無が築造したと伝えられている。その後、史料を欠くが、戦国初期の文明4年(1472)に当時壱岐を分割知行していた志佐・佐志・呼子・塩津留氏に対し、岸嶽城主波多泰が攻撃しこれを滅した。壱岐の城主となった波多泰は、亀丘城に修築を加え、一族の阿波守某を代官として壱岐を支配させた。のち永禄8年(1565)に日高甲斐守政が波多政を据えて全島を支配した。江戸時代になると平戸松浦藩の壱岐城代が館を構え、支配の拠点とした。城は本丸・二の丸・三の丸からなっていた。周囲は開発によって削られているが、本丸の北面に城壁の石垣が残っている。 | |||
| 主な遺構 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 主な遺物 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 遺構・遺物の写真 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 遺構・遺物の地図 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 地図の使い方 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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