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| 遺跡名 | 壱岐嶋分寺跡(いきとうぶじあと) |
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| 所在地 | 壱岐市芦辺町国分 | ||
| 緯度 | 北緯33°47′59″ | 経度 | 東経129°43′2″ |
| 標高 | 100m | 地形 | 台地 |
| 種別 | 社寺跡 | 時代 | 古代 |
| 資料所在地 | 壱岐市教育委員会 | 指定状況 | 県指定 |
| 参考文献等 | 『壱岐嶋分寺』芦辺町文化財調査報告書第5集 1991、第7集 1993、第8集 1994 | ||
| 遺跡・史跡の概略 | |||
| 壱岐嶋分寺跡は、壱岐島中央部の国分地区に位置する。国分寺として新たに建立された官寺でなく、既に存在した壱岐直の氏寺を国分寺として転用したことが、『延喜式』に記載されている。名称も「壱岐嶋分寺」とされ、僧五口がおかれたとされるが、氏寺から官寺にいつ頃に転用されたのか定かでない。承和11年(884)には国分寺として機能していたことが記録から確実であるが、天平8年(756)にはまだ機能していないことが『続日本紀』に記されている。調査は、1987年から6ヶ年にわたり実施され、塔・金堂・講堂の建物跡、門跡や寺域を区画する溝などが確認されたが、通常の国分寺の伽藍配置とは異なっており、出土遺物から8世紀後半から11世紀初頭期の遺構群と判断される。また、平城宮第I期の范木による軒丸瓦が使用されており、中央との強い結びつきを推測させる。 | |||
| 主な遺構 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 主な遺物 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 遺構・遺物の写真 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 遺構・遺物の地図 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 地図の使い方 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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