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長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典にあたり、長崎県民とともに、原爆犠牲者の御霊に謹んで哀悼の誠を捧げます。
1年前のこの日、私は、皆さんと、この場所で、世界の恒久平和を祈り、世界の人々と手を携えながら、誰もが安心して暮らせる社会の実現を目指したいと考えてまいりました。
しかし、悲しむべきことに、去る3月11日、東日本を襲った大震災により、2万人を超える方々が犠牲となられ、今なお多くの人々が、不自由な避難生活を余儀なくされています。
殊に、福島第1原子力発電所の事故は、放射線が人々の営みに与える影響の大きさを改めて知らしめるとともに、住民生活はもとより広範な社会経済活動に深刻かつ甚大な被害をもたらしております。
私は、このような状況を目の当たりにし、これからは、福島原発の事故原因を徹底的に検証し、諸課題を明らかにするとともに、今後、私たちは、原子力にどのように向き合うべきであるのか、決して侮ることなく、真摯に議論を重ねて行かなければならないと考えております。
そのためにも、国においては、再生可能エネルギーの利活用促進に留まらず、今後のエネルギー需給の具体策と手順を早急にお示しいただきたいと考えております。
被災地の皆様が、一日も早く、安全・安心な生活を取り戻されることを、心から願い、引き続き、全力で支援してまいりたいと存じます。
さて、1945年8月9日、暑い夏の日に、1発の原子爆弾が投下されました。長崎の街は一瞬にして破壊され、7万4千人もの尊い命が奪われ、7万5千人もの方々が負傷されました。そして、人々の心と体には、決して消えることのない大きな傷跡が残されたのであります。
あれから66年、焦土と化した街は、多くの方々の努力と善意によって復興し、今日では、緑豊かな、平和を願う美しい街に生まれ変わりました。
しかし、原爆により、かけがえのない家族を亡くされたご遺族の悲しみは、長い歳月を経た今日も、決して癒されることはありません。
高齢化が進む被爆者や被爆体験者の方々は、放射線や被爆体験による後遺症に、今なお苦しんでおられます。
私たちは、こうした被爆者の思いや原爆犠牲者の心の叫びを世界の人々に届け、原爆の悲惨さと非人道性をしっかりとその胸に刻んでいただくことが、私たち被爆県民の責務であると考え、これまでも「長崎を最後の被爆地に」との願いを込めて、世界に訴え続けてまいりました。
国際社会においては、2009年のオバマ大統領の「プラハ演説」を契機に、一気に核軍縮への機運が高まり、そして、昨年5月、長崎からも多くの被爆者の皆様が参加された、核兵器不拡散条約・NPT・運用検討会議で合意が得られるなど、核兵器のない世界の実現に、一歩進んだかのようにみえました。
しかしながら、昨年から今年にかけて、アメリカで臨界前核実験が行われていたことなどが明らかになるとともに、世界の多くの国々が未だに核の抑止力を信じ、大量の核兵器を保有しているという厳しい現実が残されております。
私たちは、今後とも諦めることなく、強い信念と希望を持ち、さらに粘り強く、核兵器廃絶の必然性を訴えていかなければなりません。
国におかれましては、核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向けて、国際社会の先頭に立ち、あらゆる努力を払っていただくことを改めてお願いするものであります。
頼もしいことに、被爆体験のない世代が、今、被爆者の苦しみと願いを伝えてくれています。高校生は、平和大使として、世界の若者達に反核平和の心を届ける活動を行っております。今年は、東日本大震災で被災された岩手県からも、悲しみを乗り越えて、参加してくれています。
また、平和案内人の方々は、被爆遺構を案内し、長崎を訪れた方々に、被爆の惨状と平和の尊さを日々訴えておられます。
皆様の取組に対し、深く敬意を表しますとともに、平和への願いが、一日も早く多くの人々の心に届くことを、強く願っております。
私たちは、被爆者の皆様の生涯癒すことのできない心の痛みを少しでも和らげるため、全力を尽くしてまいります。
国におかれましても、被爆者援護法の精神を踏まえ、被爆者の立場に立った温かい援護対策の充実と、その速やかな実現に向けて、より一層のご尽力を賜りますよう、お願い申し上げます。
今日、8月9日は、私たち長崎県民にとり、永遠に忘れることのできない「祈りの日」であり、核兵器による惨禍を三たび許さない「誓いの日」であります。
ここに原爆の犠牲になられました多くの御霊の安らかならんことをお祈りし、高齢化が進む国内外の被爆者や被爆体験者の皆様の健康を願い、核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向けて、さらなる努力を続けることをお誓い申し上げまして、慰霊のことばといたします。
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