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原爆犠牲者慰霊平和祈念式典にあたり、140万長崎県民とともに、原爆犠牲者の御霊に謹んで哀悼の誠を捧げます。
65年前、暑い夏の日、父は仕事に、母は昼食の支度を、幼い子供たちは蝉の鳴きしきる中に遊び、懐かしい思い出となるはずの夏の日は、たった1個の原子爆弾によって、一瞬のうちにすさまじい惨状と化しました。轟音とともに閃光が走り、爆風が吹き抜けると何もかも灰となってしまったのです。
廃墟と化した長崎は、残された人々の懸命の努力によって復興し、今日では、緑豊かな、平和を願う美しい街に生まれ変わりました。
しかしながら、かけがえのない家族を亡くされたご遺族の悲しみは、今も癒されることはありません。
また、高齢化した被爆者や被爆体験者の方々は、放射線や被爆体験による健康障害に今なお苦しんでおられます。
私たちは、被爆者や被爆体験者の皆様の生涯癒すことのできない心の痛みを少しでも和らげるため、被爆者援護法の精神を踏まえ、被爆者の立場に立った温かい援護対策の充実とその速やかな実現に向けて、より一層の努力を傾けてまいります。
私たち長崎県民は、「長崎を最後の被爆地に」との願いのもと、世界恒久平和の実現と核兵器の廃絶を訴え続けてきました。
国際社会においては、昨年のオバマ大統領の「プラハ演説」を契機として、一気に核軍縮への機運が高まり、本年4月にはアメリカが「核戦略の見直し」を表明し、アメリカ・ロシア両国間では、新核軍縮条約が締結されました。
そして、5月に開催された核兵器不拡散条約(NPT)運用検討会議には、長崎からも多くの被爆者の皆様が参加され、各国政府代表をはじめ世界の人々に被爆の実相や核兵器廃絶を訴えられました。
この会議では、被爆者の皆様をはじめとする世界中の核廃絶を求める声が、NPTに加盟する国々を動かし、「核兵器のない世界」の実現に向けた行動計画を柱とする最終文書が採択されたところであります。
国におかれましては、この行動計画が着実に実行されるよう各国に強く働きかけるとともに、核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向けて国際社会の先頭に立ち続け、あらゆる努力を払っていただくことを改めてお願いするものであります。
私たち長崎県民も、県民の責務として、被爆者の思いや原爆犠牲者の心の叫びに耳を傾けながら、原爆の悲惨さと核兵器廃絶の必要性を、核保有国を含む世界の人々に向けて、一層強く訴えていかねばなりません。
去る8月5日、潘基文国連事務総長は、現職として初めて被爆地長崎を訪問され、核兵器廃絶へ向けた力強いメッセージを世界に向けて発信されました。潘事務総長の核兵器廃絶への熱意と真剣な姿勢に心から敬意を表します。私の母も65年前、ここ長崎において被爆いたしました。私も、被爆二世として、そして被爆県長崎の知事として、核兵器廃絶と世界平和を目指す決意を新たにしたところであります。
被爆体験のない世代が、被爆者の苦しみと願いを伝えなければならない時代になりました。高校生は、国境を越え世界の若者達に反核平和の心を届ける活動を行っております。また、平和案内人の方々は、被爆遺構を案内し、被爆の惨状と平和の尊さを訴えておられます。皆様の取組に対し、深く敬意を表するとともに、その成果に、大いに期待をいたします。
今日、8月9日は、私たち長崎県民にとりまして永遠に忘れることのできない「祈りの日」であり、三たび核兵器による惨禍を起こさせない「誓いの日」であります。
ここに原爆の犠牲になられました多くの御霊の安らかならんことをお祈りし、高齢化が進む国内外の被爆者や被爆体験者の皆様の健康を願い、核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向けて信念と希望を持ち、さらなる努力を続けることをお誓い申し上げ、慰霊のことばといたします。 |