「内村選手とお会いして」

 北京オリンピック体操競技で2個の銀メダルを獲得した諫早市出身の内村航平選手の報告会と祝賀会が9月7日(日)に、地元で盛大に開催されました。
 当日、内村選手は、諫早市の中央商店街アーケードでパレードを行ったあと、地元のファン約3,000人に囲まれ、吉次諫早市長から初の「市民栄誉賞」を授与されました。
 夕方からは、市内のホテルで約300名のスポーツ関係者等が出席して祝賀会が開かれ、私もお招きをいただき出席することができました。
 内村選手は、御両親が経営する市内の体操教室で3歳から体操に親しみ、中学時代は本県の代表として全国中学校総合体育大会にも出場しましたが、中学時代はあまり目立った成績ではなかったそうです。

 しかし、高校進学にあたって、「もっとうまくなりたい」との強い意欲とオリンピック出場という明確な目標を持って自らの進路を決定し、その目標を実現するために努力を重ねました。
 その成果があって、日本体育大学に進学し、初めて出場した全日本学生選手権大会で1年生ながら初優勝を飾りました。そして、大学2年生となり日本期待のホープとして初めてオリンピック代表に選出されることになったのです。
 北京オリンピックでの活躍は皆さんも御存知のとおりです。体操男子団体では、アテネオリンピックの「金」に続いて、今回「銀メダル」を獲得しました。このときの気持ちを内村選手は、「優勝を目指してがんばってきたのでとても悔しかった。」と話しています。
 次に出場した個人総合では、得意の「ゆか」で高得点を出し、最高のスタートを切ったように思われましたが、2種目目の「あん馬」で2度も失敗してしまいました。
 内村選手自身もこのとき「あーあ、やってしまった」と思ったそうです。ここで、ふつうの選手なら、あきらめて自ら調子を落とすところだったのでしょうが、彼は、「試合は何が起こるかわからない。最後まであきらめずにやろう」と思い直し、黙々と演技に集中し続けたのでした。
 結局、終わってみれば、本人も「個人総合ではメダルをねらっていたわけではなかったので、とても嬉しかった」と話したように、誰もが予想しなかった「銀メダル」獲得という偉業を達成したのでした。
 わたしが内村選手の姿を見て感じたことは、本人も語っていたように、「あきらめずにがんばれば、夢はかなう」ということです。
 自分の夢の実現のため、たった一人で東京へ出向き、オリンピック出場を目指し、失敗にもめげず獲得した銀メダル。
 さて、若いみなさんはこの内村選手の活躍を見て何を感じたでしょうか。

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