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長崎文化百選 みなと編
まなぶ

子泣き相撲(平戸市) ●2月3日


▲泣いた方に勝ち軍配。赤ちゃんの元気な泣き声に悪疫退散を託す子泣き相撲
 

 

赤子の泣き声に  悪疫退散の効果
平戸市の最教寺に伝わる民俗行事に「子泣き相撲」というのがある。寺院で行われるので仏事の1つかもしれないが、赤子の泣き声に悪疫退散の効果があるということから、今日まで伝承されている珍しい行事である。
その昔、平戸藩主松浦鎮信は、曹洞宗勝音院住職龍呑に寺の移転を迫っていたときのことである。龍呑は再三の要求にも応じず、どうしても折り合いがつかなかったという。
ついに、鎮信は、和尚に切腹を、寺は焼き払うように命じたのであるが、和尚は本尊を守るため自らの腸を巻きつけて壮絶な死を遂げたという。それが慶長12年(1607)3月10日のことであった。それ以来、鎮信は、寺を再興しても、和尚の亡霊に悩まされることになるのである。
ところが、ある晩のこと鎮信が奥の院に参籠(さんろう)すると、和尚の亡霊が早速とりついてくるが、どこからともなく赤子の泣き声が聞こえてきて和尚の亡霊は退散していったというのである。
この伝説を契機に、大正13年から毎年節分の日に「子泣き相撲」として行われるようになったのが、この行事であるといわれている。満1歳未満の赤子が、東西に構え、行司の合図により、早く泣いた方が勝ちという競技形式をとっている。
赤子の持つ旺盛な生命力から泣く子は育つということわざを地でいくものといえる。



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