長崎文化百選 うた文学散歩編うた文学散歩イメージ
まなぶ

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三富朽葉詩集」
三富朽葉(みとみきゅうよう) −郷ノ浦町−




壱岐・郷ノ浦町の弁天崎公園にある三富朽葉の詩碑

朽葉(くちは)のごとき静けさに
 三富朽葉の作品は、その殆どが、文学の友増田篤夫によって、朽葉の死後編まれた「三富朽葉詩集」に収められている。それは、三部立てになっている。
 第一詩集は、自由詩社結成後2年あまりの間に発表した作品が主である。第二詩集「營み」には象徴詩人の面目が色濃く現れている。
 寨(とりで)を囲む麦の穂……
 寨を囲む麦の穂よ、
 おお、季節、熟(う)れゆく麦よ、
 希(のぞ)みの海に今日もまた、
 溺れつつ、叢(くさむら)の中、
 わが魂はひざまづく!
 福士幸次郎は、その特徴を評して「その若さにも拘らず、永遠に光輝く恒星のように日本詩壇に残させるものは、その感覚である」と言っている。第三詩集には、象徴主義の深さを感じさせる散文詩が収められている。
魂の夜
 もはや秋となった。やがて此の明るい風物に続いて、鴉の群れが黒い礫(つぶて)のように灰色の空を飛び散る鬱陶しい冬が来るであろう。
 四季と群集との中に在って、脆く若い。また物怯ぢする私の生命をば運命は異様に麗しく飾った。
 日本の近代の自由詩に新しい命を吹き込む詩人と期待されながら、28歳の若さのまま、犬吠埼で遊泳中溺死した。
 朽葉の生家は、今はないが、彼を惜しむ壱岐人の手で、郷ノ浦湾口の弁天崎公園に詩碑が建立されている。「補遺詩集」の「朽葉」は詩人の一生を象徴しているかのようで「霧の流れに沈み入る朽葉のごとき静けさに」という詩句で結ばれる。
(田中正明)



うた・文学散歩メモ ●三富朽葉(明治22〜大正6)
壱岐郡武生水村生まれ。父道臣は、壱岐石田郡長。朽葉は、7歳の時、渡良村の三富本家の伯父の養子となった。
早稲田大学予科在学中、西条八十らと雑誌「深夜」を発行、文学へ傾倒して行った。やがてマラルメの散文詩を訳出、フランス象徴詩の影響を受けつつ詩作した。代表詩集に「第一詩集」「營み」「生活表」などがある。第三詩集「生活表」は、象徴主義的な口語散文詩の先駆といわれる。

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